2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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気分転換



庭にアケビの木が植えてある。


義父が植えたアケビ。 昨年は実が生ったのに今年はどういうわけか一つも実がつかない。





2週間ほど前、庭師さんが手入れに来た時アケビのつるを刈った。残念なことにそのつるはブツブツに刈られていてつる細工を楽しもうと思っていたひよこの密かな楽しみを奪われてしまった。
そんなことがあってテンションも上がらずに今日までそのまま放置してあったアケビのつる。
何もすることもなく・・出掛けるところもなく・・しかたなく・・つるをどうしようかな〜と手にとってみた。





短くなってしまったつるでは籠を編むのは難しそうで・・・リースのように丸めてみた。
これならなんとかなりそうな気がして、小さなリースを作ってみた。
直径10cm〜20cmくらいのリースがいくつか出来上がった。
長い間放置してしまったため、細いつるは乾燥してしまい上手くためが効かなかったりしたけれど、夢中で作業した時間はそれなりに楽しかった。

生きがいというには情けないような時間だけれど、闘病生活を続ける日々の良い気分転換ができたんじゃないかなと思う。







このリース・・クリスマス用にアレンジしてみようかな?          (・e・)









再発後のホルモン治療中、胸壁にでき始めた小さなブツブツは消えることはなかった。

肝臓の転移巣も消えることなく、定期的な造影CT画像にもしっかり写っていた。
でもそれはすぐに命を脅かすほどの大きさではなく1cm程度の影だった。
『このままホルモン治療で維持できたらいいのになぁ』
腫瘍マーカーCA15−3も基準値ぎりぎりのところで上がったり・・下がったり・・。
アロマターゼ阻害剤(アリミデックス)とLH−RHアゴニスト製剤(ゾラデックス)の治療を続けた。

2008年になって最初の血液検査でCA15ー3が基準値(25)を超えた。
造影CTの画像で確認すると「増大傾向にあり影もより鮮明になっている」と指摘があった。
主治医は「今のままホルモン治療を続けましょう。肝臓はしっかりした臓器です。慌てずに・・治療しましょう」と言う。

3月になり胸壁のしこりの一つがだんだんと大きくなってきた。
さわってみるとグリグリした感触で硬かった。
『これが“がん”なんだ』
不気味なそのしこりの感触は今でも忘れられない。

娘は高校2年生、息子は高校1年生になっていた。
お弁当作りも大変だったけれど、作って持たせることができる・・そんな当たり前のことが嬉しかった。
母親としてできる事を精一杯楽しもうと思った。
そして闘病中の母親が作る・・手抜きのようなお弁当を、文句も言わず毎日残さずに食べてくれた二人の子供たち。
せめて二人が高校を卒業するまでは元気でいたいと願った。



6月になって腫瘍マーカーがさらに上がり、治療が変更になった。


アンチエイジング
 


アンチエイジング・・・抗老化医学。



自宅でたった30秒もあればできる、いんちきアンチエイジング。






朝晩が随分涼しくなってきた最近。
通販で買ったお値打ちなセミロングのウィッグを着けてみた。
『ちょっと・・若すぎ〜』とか『年齢不詳〜』とか聞こえてきそうだけど、何気に自己満足!
真夏のような暑さでもないからフルウィッグでも耐えられる。





前髪がとても長くて重たかったので自分でカットしてみた。
サイドもモサッとしていたから適当に梳いてみた。
お値打ちなウィッグはこんなことも気楽にできて嬉しい。

どことなく乳がんに罹患する以前の自分の髪型に似ている。
告知されたのは2005年・・・
髪型に限って言えばリアルマイナス5歳かな?
でも肌は正直に時を刻み世間一般に言われている悩みをもれなく見事に披露している。
ましてや抗がん剤の副作用で追い討ちがかかっている厳しい現実。
化粧をして誤魔化せば・・なんとか髪型に追いつけるかも。





髪が無いことを幸いに、この際いろんなヘアースタイルを楽しんじゃおう!と思う。
けれど・・悲しいことに、1時間もウィッグをつけていると酷い頭痛に悩まされる。
なかなか強烈。
鎮痛剤を飲んでまでもウィッグでいる必要もないわけで・・横着でいんちきアンチエイジングは簡単なことではないと悟った。



やっぱり・・おばさんチックな慣れた帽子が一番気楽かな。       (・e・)



【がんと闘うためのシンプルなルール】
・発ガン物質のデトックス
・がんに対抗できる食生活
・適度な運動
・精神的な平穏           
                 〜がんに効く生活より〜









ピンク色のおりものがあった。
それは明らかな出血へと症状が進んだ。


不正出血。


腫瘍ができ易い体質であることに不安を抱く日々で、当然“子宮がん”という言葉が脳裏をかすめた。
勇気をだして婦人科を受診した。
検査をしてもらった。
「2週間後くらいに生理が始まりそうですよ」と言われてびっくりした。
抗がん剤でこんなに傷めつけた身体なのに・・・卵巣は律儀に排卵している。
こんなにも卵巣も子宮も健康なのに乳がんである自分が理解できなかった。
まだ子どもを産めるなんて・・・。
遠隔転移をした末期がん患者なのに、無駄に丈夫な卵巣や子宮が不思議で愛おしかった。

ホルモンレセプターが陽性であるひよこにとって排卵があることはやっかいな症状。
すぐに主治医に報告すると
「毎月の出血であるのかどうか・・・しばらくこのまま様子を見ましょう」
と言われ、アロマターゼ阻害剤(アリミデックス)は継続して服用していた。
その後、毎月多かれ少なかれ出血が続いたので、造影CTと血液検査をした。
血液検査の結果、卵巣機能が復活しつつあると言われた。
造影CTの結果、異常は認められなかった。が、腫瘍マーカーCA15−3が上昇していた。
卵巣機能抑制のためLH−RHアゴニスト製剤の注射がまた始まった。



その頃、術後の右胸壁にでき始めた小さなブツブツが気になっていた。


光のスペクトル・・虹
 



夕方、東の空に虹を見つけた。





主人と娘と3人、車で移動中の出来事だった。



台風4号の直接的な被害もなく通り過ぎたと思われる夕方。
太陽が顔を出し始め気温が上がり、雨上がりの湿度も高くとても蒸し暑かった。
車のフロントガラスにポツン・ポツンと水滴が落ちてきた。
「雨?」
ひよこが気づくとポツポツからサーッと降りだした雨。
細かい雨粒が太陽の光を反射してキラキラととてもキレイだった。

「虹が出てないか?後ろの窓から見えない?」
と主人が言う。
リアガラス越しに見える東の空は一面の曇り空で「虹」なんて出ているはずないじゃない・・と思った。
「お母さん!『虹』見えてるよ!!」娘が教えてくれた。



久しぶりに見た「虹」だった。
乳がんに罹患してから初めて見る「虹」かもしれない。
グレーの空をバックに大きく弧を描く「虹」




それは義母の見舞いの帰り路の出来事だった。
G.W以来の再会となる娘と義母。
義母の意識レベルは今だにはっきりしていない。
主人やひよこが見舞っても、いつも変化が無い。
そんな義母が今日は一生懸命にしゃべろうとしている!
唇を微かに動かして・・声にならない声で何か言葉を言っている!!
娘が義母の口元まで顔を寄せて、必死に聞き取ろうとする。

“孫”ってスゴイ!
娘の見舞いは点滴治療やリハビリよりも遥かに回復効果があるように感じた。
くも膜下出血の手術以来、寝たきり同然の義母。
半ば諦めかけていた病状も、今日の出来事で少しだけ明るい希望が持てた。





今日の「虹」は我が家にとって明るい未来の兆しかもしれない。   (・e・)



変化する状況
 


今日も通院。


朝一番で通院して注射を打ってもらって・・・帰宅。



午後からは息子の高校の個別面談。
偶然にも昨年の娘の担任が今年の息子の担任。
ひよこの病気も我が家の状況も把握してくださっていて助かる。
家庭で進路の事を話題にすると、どうしても息子との関係が悪くなりがちになる。
息子との限られた時間を大切にしたいと思っているひよこは、彼とは少しでもいい関係が保ちたい。
進路については先生にお任せする旨・・・伝えてきた。
これでいい。
もう、子供じゃない。
自分の進む道は自分で選択し、努力するしかない。
ガンバレ!息子!!
母はそっと見守っているからね。


実家の父が先週退院した。
手術を無事に終え、経過も順調で、自宅療養していたはずが再入院になった。
食べることができず脱水症状が出ているため。
父を見ていると「生」への執着が感じられない。あきらめた・・というのとは違う。
表情は穏やかで愚痴も言わない。
でも、生きている喜び?みたいな表情も無い。
「死」を受け入れているかのようにも見える。
流れに逆らわず、自然体で生きて欲しい。


義母は、積極的治療が一段落して、転院した。
意識レベルは最低のまま・・・。
リハビリをしてもらっている様子だけれど、変化は無いに等しい。
転院した病院も入院期間が限られている。
義父も義母の状態を悟ったかのごとく、介護へのモチベーションも下がり気味。





自分を含めすべての状況は変化して行く。
今のこの状況が永遠に続くわけではない。
変化するその先は誰にもわからない。何が起こるかわからない。







今、この瞬間を生きたい。               (・e・)

        

ハピバな日
 


昨日6月22日は誕生日だった。



47歳。




42歳目前の乳がん告知の日から5年。
再発して肝転移して・・骨転移して・・放射線治療と抗がん剤治療を繰り返し今がある。
『がん』とわかった直後は怖くて怖くて不安で、自分の命にタイムリミットを自覚した。

5年経ってもまだ生きている。
体のあちこちにがん細胞を抱えてはいるけれど、毎日が充実している。
生きることが楽しい。
命より大切なものが見つかって病気になったことにも意味があると思えるようになった。
そして何より気持ちが楽になった。

一日一日を大切に生きて、来年も感謝の誕生日が迎えられるといい。





友人が食事に誘ってくれた。
嬉しかった。
声をかけてくれることに感謝したい。

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三段重の上には薔薇の花が1本ずつ添えられていた。
「ひよこちゃん!お誕生日だからどうぞ!!」
友人がさりげなく祝ってくれる。

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ドライフラワーにしてまたお返しできるといいかなぁ。


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ご飯はホタテとしょうがの炊き込み。
チョイスからもれた3種類の炊き込みご飯もお代わりができて満足。


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季節感をたっぷり取り入れた演出にお店の心意気を感じた。


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久しぶりに満足のできる食事を頂いたかも!?



メールや手紙で誕生日のお祝いの言葉を届けてくれる友人たち。
『おめでとう!』っていくつになってもやっぱり嬉しいね♪

「おっ!今日、6月22日やん。お母さん誕生日おめでとう!!」と息子が笑顔でてれずにさりげなく言う。
娘からも「おめでとうメール」が届く。
主人はおはようの代わりに「おめでとう」の挨拶だった。





みんな・・みんな・・ありがとう☆                     (・e・)




死なない心
 


「自分は絶対に死なない」




毎朝楽しみにしている連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』



今朝もいつもと同じように見ていてハッと気づかされた事があった。
ゲゲゲこと水木しげるが戦地でマラリアの高熱にうなされていたシーン。
周りの誰もが『もう・・助からないだろう・・・』と思うほど衰弱していた彼。
その時の自分を振り返り

「オレは絶対死なないと思っていた。」
「だから今の自分がある。」

みたいなことを言っていた。
自分を信じるってこういうことかな・・と思った。
そして今の自分はどうだろう?
残された時間に怯えて生きていたりする。
再発して・・肝臓にも転移して・・・近い将来必ず訪れるであろう『死』を覚悟している自分がいる。

そんな弱い心じゃだめなんだ!
そんな心には運も奇跡も起こらない。
ちょっとでも弱いことを考えたら病に負ける・・・そんな心のあり方を教えてもらった気がした。


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今からでも遅くない。


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               イモムシ退治をしてから見事に元気になったミニバラ




「自分は死なない!」



と自分に言い聞かせよう。
不死身とはいかなけれど、再発乳がん患者でも長期生存して病を封じ込めたい。
そして何年か後に
「絶対に死なないと思っていた」
と話せる日をイメージして・・・                (・e・)





不吉な連鎖 その2
 


入院中の父を見舞った。


ベッドに横たわる父は・・とても小さかった。
かつての父の面影もないほどに痩せてやつれていた。
見えない病気に疲れきっちゃったんだね。

でも何故かホッとした表情も見えた。
入院前の不安げな顔はどこにも見当たらない。
痛みの・・不調の原因がわかって安心したのだろうか?
手術日も決まった。
もう何も心配しなくてもいいから・・。

ハワイへの旅はさすがにドクターストップ。
残念だけど・・よくなったら近くの温泉にでも行こうね。
何も食べられない父にパジャマを買って行った。

娘のひよこにできることはこうして顔を見せることくらい。
実家へも疎遠になっていたこの頃・・・とても反省している。
悔いのないようにしたい。



一方、義母はシャントの手術をしてから、少しずつではあるけれど手足がよく動くようになった。
が、相変わらず意識レベルは低い。
入院して2ヶ月半・・・
この先どうなってしまうのか?見当もつかない。
自宅での介護など・・・予想もできない。


というより自分のことで精一杯なのが本音。
父のことや・・義母のことや・・主人のことや・・・本当は考えなければいけない事がたくさんあるのに、今のひよこにはちょっと難しい。
ジェムザールが効いてなかったらどうしよう?
次の治療はどうしたらいいんだろう?
セカンドオピニオンをとったほうがいいのかな?
ひよこでも参加できる治験はあるんだろうか?
課題は山積み。


人生って本当に山あり谷あり。
今が谷なのか・・
それとも、もっと深い底があるんだろうか?


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こぼれ種から芽を出したアリッサム。
なかなか逞しい。



この不吉な連鎖を断ち切って・・逞しく生きていきたい。      (・e・)




昨日の夕焼けと今日の空
 



悲しいことや 苦しいことや 辛いことは
夕焼けと沈む


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新しい24時間に ワクワクして 目覚める
今日の空を仰いで


生きている喜びに感謝する

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永遠に続く 空            (・e・)




 
病院からの呼び出し
 


病院から突然電話がかかってきた。



義母の入院している病院だった。
嫌な予感がする。

案の定
「すぐに来てください。主治医の先生から至急お話したいことがあります。来られますか?」
と看護師が電話口で小さな声で言う。
そんな素振りからも気持ちが煽られ心臓がドキドキしてきた。

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                          近所を散歩する我が家の愛犬

主人は休日出勤。
義父は近くの畑仕事。
電話応対を余儀なくされたひよこは
「それは義母の容態が急変したというか悪い・・と言うことですか?」
と聞くことが精一杯だった。
「看護師ですので詳しいことは分かりかねます。」
としか答えてくれない。
「至急、向かいます。」
と返事をして電話を切った。


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主人に電話をして事情を説明して・・義父を呼びに行って・・頭の中では最悪をイメージして、『自分はどうしたらいいんだろう』と考えていた。

昨日腹部造影CTを撮ったと義父が言っていた。
採血結果から肝機能の異常値がわかりCTを撮ったと言う。
『何か・・・悪いものが見つかっちゃったのかな?』
とにかく病院へ行かなきゃ・・・。
主人の帰宅を待って3人で病院へ向かった。

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CTの結果・・・心臓へ戻る静脈に血栓が見つかった。
その血栓が血流に乗って肺で詰まってしまうと肺塞栓になり、最悪呼吸不全により死亡に至る可能性があることを告げられた。
エコノミー症候群の一つの症状だと言う。

新たな血栓を予防するためにすぐに点滴による薬物治療をする必要があることを説明された。

血栓ができていることと肝機能の数値とは直接的な因果関係は無いという。
AST・ALT・ALP・・・と軒並み3桁〜4桁の数字が並んでいた。
ビックリした。
逆にこんなに数値が高くても生きていられるんだ・・・とも思ってしまった。
ひよこの肝臓にも今大きなしこりがある。
でも血液検査の数値だけを比較してみると、ひよこの“高値”なんて足元にも及ばない。
不謹慎かもしれないけれど、義母に勇気をもらった。


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お義母さん・・
生きるために顔晴ろうね!          (・e・)


PASSPORT
 


20年ぶりにパスポートの申請をしてきた。





「ハワイへ行かない?」
姉と姪に誘われた。
「実家の父も誘って・・みんなで行こうよ。」
姪がフラダンスを習っていて、『いつか一緒に行けるといいね!』なんて冗談まじりに話していた昨年。
実現するとは思っていなかった。

この先ひよこは何年生きられるかわからない。
海外旅行も多発骨転移の身体ではもう無理かもしれない。
一度は“ハワイ”へ行きたいと思っていた。
こんなチャンス・・2度とないかもしれない。うん・・たぶん・・ない。
主人にお願いしてみた。
「遠慮せず・・行って来たらいい。お姉さんに感謝しろよ。」

初めての海外旅行は主人と行った新婚旅行。
ヨーロッパ・・イタリアとフランスだった。
バブル期に行った海外旅行が最後だった。
誰もが絶賛するハワイ。
ハワイの海を見てみたい・・大きく沈む夕日を見てみたかった。

実家の父も今年80歳。
初めての海外旅行・・その気になっているという。
姉と姪と父とひよこの4人で出掛ける憧れのハワイ。

パスポートの申請の時、迷った。
5年か10年か・・・
何度も何度も申請用紙に手をかけてはためらい・・自分の命に自信が無かった。
本当なら1回限りのパスポートでもいいのかもしれない。
でも・・10年にした。
今から10年後・・ひよこが存在するかどうかわからない。
あえて10年にした。 有効期限 2020年・・・
目標にしたい。
再発乳がん・肝転移をかかえながらパスポートの期限切れを目指したい。






笑われるかもしれない。

笑われたっていい。
この体に何が起こるかわからない。
誰にも想像もできない不思議や奇跡があるかもしれない。

再発患者の・・ひよこの挑戦です!






姪のTOKYO土産。
身内にはブログは公開していない。
でも・・ひよ子って・・・もしかしてバレてる???




サツマイモの味がしっかりしていて・・美味しかったよ!

来月のハワイ旅行に向けて・・点滴治療顔晴るよ!




Gem君にも顔晴ってもらわなきゃ ☆        (・e・)









2006年 12月

胸壁への再発と肝臓への遠隔転移のための抗がん剤治療を始めて一週間。
翌週は仕事へ出掛けた。
上司に現在の症状と今後の治療計画を伝える。
「日常生活が送れるうちは、仕事を続けたいと思います。」

再就職して7年目を迎えようとしていた当時、転勤の話も持ち上がっていた。
でも通院治療を余儀なくされるであろう今の状況で職場の環境が変わることは、自分にとって厳しかった。
慣れた職場で治療に専念したかった。
理解のある上司で良かった。
「人事部へは私から話しておきます。ひよこさんの身体が一番大事ですから、治療を優先していただいてかまいません。しっかり治して下さい。」
涙が出た。
やっかい者と言われても仕方の無いがん患者に・・温かかった。

でも同年代の女性も一緒に働くその職場は、想像以上につらかった。
抗がん剤治療を始めざるを得ない自分に最大級の気遣いや同情が向けられる。
感謝しなければいけないのに、何故か居心地が悪かった。
がん患者のひがみ?だろうか。
何の悩みもなさそうに明るく笑う彼女たちが羨ましく妬ましかった。
醜くなっている自分の心が・・哀れだった。

わかっているはずなのに・・仕事中涙がこぼれてくる。
誰にも気づかれないように、トイレへ逃げる。
声を押し殺して泣いた。
鏡に映る自分を励ました。
『ガンバレ!ひよこ!!』

鏡に映ったその顔は暗く・・遠い目をしていた。



無意識のまま・・・鬱への階段を一歩一歩降り始めていた。