2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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大学受験 1
 


底冷えのする東京での二日間。


息子の受験を無事見届けることができて良かった。




                                           


自宅を出る時は雪が降り積もり、『関東地方も大荒れ模様』という天気予報に交通の乱れを覚悟しての上京だったが、新幹線をはじめ各鉄道も混乱なくスムーズに移動できた。
東京駅付近では受験生風な学生を大勢見かけ、自分たちのような親子連れは特に目に付いた。
宿泊先のホテルでも高校生らしい学生と何人かすれ違い
「やべぇ・・みんな受験生に見えてくる・・」
全国のライバルの存在に緊張気味の息子だった。

受験前日の夜、飲み物と簡単な食べ物を買うために、二人で宿泊ホテル近くのコンビ二へ出かけた。
ホテルを出る時一緒だった一人の青年とコンビニでもまた一緒になった。
ひよこ達と同じように地方からの宿泊者と見受けられるその純朴そうな青年は、お弁当とおやつを買っていた。
大学受験のための上京であろう彼は、ささっと買い物を済ませ小雨の降る中、傘もささずにホテルへと走って行った。
そんな彼を見て、受験生の母としてすこし胸を締めつけられる思いだった。

息子はというと・・電車の乗り換えなどひよこの後に着いて歩いているばかりで、終始母任せだった。
もっとも、受験だけに集中して欲しいために息子に付き添うことを望んだ母としての希望は叶えられた結果ではあるけれど、考えさせられた。
一人コンビニで買い物をする彼は、慣れない大都会で過ごす緊張と心細さに耐え、大学受験に挑んでいる。
その彼に強さと逞しさと成長を感じたのは言うまでもない。






本当の愛というのは、遠くで見守ることなのかもしれない。


来週、もう一度上京する予定がある。
今度は息子の後ろをだまって着いて歩いてみようと思う。  (・e・)


再びの春
 


息子が卒業式の案内を持ち帰って来た。



複雑な想いで受け取った。



乳がんが再発した時、彼は中学2年生だった。
彼の高校進学や大学進学の日をこの目で見届けられるだろうか・・と近い未来が不安でしかたなかった4年前。
今日まで、新たな転移や入院など予想外のこともあったけれど、彼の高校卒業の日にそばにいることができて、ただただ嬉しい。

3月1日の卒業式までもう一ヶ月もない。
そして、彼が希望している大学の入学式まで二ヶ月もない。
合格通知が届いた時は、彼が自宅を出る事が決まる時。
一緒に引越しの手伝いができることは嬉しいけれど、淋しい。
一年前の娘の時以上に・・淋しい。

タキソテールの副作用で、連日布団にくるまっていたこの2.3日。
気がつけば節分も立春も終わってしまった。
恵方巻きもなければ豆まきもなかった。
季節感も何もない。
それでも明るい陽射しに暖かさを感じ春を感じる。




                   美しかった今日の夕日




再び春を迎えられることに感謝して、息子の卒業を楽しみに待ちたい。(・e・)


年の始めに
 



HAPPY NEW YEAR!


年末の大荒れ寒波も緩んだ初御空。
穏やかな日和は初春にふさわしく、眩しく光輝く。


日ごろから治療について思うことは多々あるけれど、今年はチャレンジしてみようと思うことがある。
自分自身の生命力を信じて、その生命力をより強くするための挑戦。
抗がん剤に助けてもらいながら、まだ残っているだろう自然治癒力を開花させるために・・・。







訪問してくださる皆さんがいらっしゃるからこそ更新できるブログ。
「更新を楽しみにしています」・・・素直に嬉しい言葉にまた顔晴ろうと励まされる。
全国・・全世界のみなさんとの出会いの入り口であるこの液晶画面。
手を伸ばせば届きそうな優しい気持ちに触れる瞬間が好き。



今年もみなさんと繋がりながら互いの命も繋げたい。    (・e・)


夜明けまえ
 


28日の夜明け前 娘が帰ってきた。


23時30分 新宿発の夜行バスに乗って。







最寄駅まで主人と迎えに出た。
「新幹線はやっぱり高くてもったいないから夜行バスで帰る」と連絡があった時、ちょっと迷った。
切符買ってあげるから新幹線で・・・って言いかけて・・やめた。
我が家の家計も決して楽ではない。
東京の家賃と大学の授業料だけでも恐ろしいくらいお金がかかっている。
それなりに出来る範囲で節約して日々生活しているのに、娘だけ甘やかすわけにはいかないと思いなおしたから。

そんな娘も「新宿駅で定期券を落とした!」と会うなり半泣き状態だった。
「2000円チャージしたばっかりだったのに・・・しかもあの定期入れお気に入りだったし・・・」
と今さら悔やんでも仕方のないことを哀しそうに嘆いていた。
そんな失敗を繰り返し経験して一人で生きる術を身に着けていくんだろうな・・。
遠く離れているひよこは何も助けてやれない。




年が明けるとすぐまた夜行バスで帰るという娘。
新宿駅には誰も迎えに来てくれないんだろうと思うとちょっぴり切ない。 (・e・)



願書
 


昨日、願書がいくつか届いた。


息子が取り寄せた願書は全て県外の大学ばかりだった。


娘と同じように彼もまたこの春家を出て行ってしまう。
自分の可能性を信じて親元を離れていく。
「みんな・・そんなに家に居るのが嫌なのか?」
と主人は機嫌が悪い。
「本人が『行きたい』って言ってがんばっているんだから、応援してあげようよ。家が嫌なわけじゃなくて、行く先にはここにはない魅力がたくさんあるんだよ」
と子供サイドで主人を説得する。

主人は今日まで家から出た経験がない。
ひよこは実家を出てこの家に嫁いだ。
主人には姉妹がいないから“家を出る”ということが上手く理解できないのかもしれない。
ひよこにしても子供たちにしても、それなりの覚悟をもって家を出る。
その先にある全てのことに夢や希望をもって歩き始める人生の新たなスタート。
だから・・見守ってあげようよ。

父親の寂しさはひよこより深いのかもしれない。
最近、深酒をするとこれまでこらえていたものが炸裂する。
「〇〇(娘)は今何をしてるんだ!」「東京がそんなにいいのか!」
と言って涙をながす。
そんな主人を目の当たりにするとうろたえてしまう。
「彼女が選んだ人生だから彼女はきっと今幸せなんだよ」

そんな姉の生き様を見て育った息子もまた自分の人生を歩き始めている。
毎日遅くまで勉強して、土曜日も日曜日も家にはいない。
目前にせまったセンター試験にも焦ることなく堂々としてさえ見える。
時には大きな声で歌を歌ったりしている彼には不安とか緊張とか憂鬱なんて言葉が見当たらない。
気持ちもとても落ち着いている彼。
「まぁ・・浪人もありだしね・・ハハハ」
と余裕な発言。

そんな息子には実は教えられている。
受験というやっかいな障害物をなんていうか・・楽しんでる・・ように思える。
目標に向かって自分が出来ることを精一杯やって達成感を味わう快楽。
ひよこも目の前の闘病を憂鬱と思わず楽しめばいいんだ!
健康でお勤めをしていたら得られるはずのない“自由な時間”が腐るほどある。
お金はないけれど、お金には代えられない時間がある。
「お金は俺が稼ぐからいい」
と言ってくれる主人に感謝して、がんばっている子供たちに恥ずかしくないような時間を過ごしたい。







子供は親の背を見て育つ・・・育児じゃなくて育自なんだよね。  (・e・)




冬ざれ
 


穏やかだった週末。


一人で少し遠出をして来た。





冬の海。
荒れさびれたイメージは裏切られ小春日和の海岸は意外にも賑やかだった。
駐車場近くの遊歩道では釣りを楽しむ人が大勢いた。
誰もが静かに釣り糸を垂れる。
一瞬の引きを逃すまいとじーっとその瞬間を待つ。
ちょっと羨ましかった。
好きなことに夢中になってゆっくりと時間を過ごす彼ら。
何を思って海を見つめているのだろうか?
嫌なことも辛いこともきっとこの海が全部洗い流してしまうんだろうな。
誰も彼も・・イキイキして見える。

釣り糸が垂れるその先の海原を見ると、水面がキラキラと輝きとても綺麗だった。
海ってこんなに美しかったのか・・と感動した。
そして広く碧い海を見ていると自分の存在がいかにちっぽけなことかとも思った。
そんなちっぽけな自分の悩みは全然たいしたことじゃないような気がしてきた。
海には・・かなわない。

治療の迷いがふっきれたわけじゃあないけれど、来てみてよかった。
またこんな美しい海を見るために治療をする気持ちが高まってくる。
限られた時間を少しでも自分らしく生きるための治療。
生きている喜びも感じられない延命治療ではなくて、生かされている今に感謝できる延命治療でなくてはならない。

明日はゾメタの点滴治療がある。
次回の治療をどうするのか・・タイムリミットの日。
「この血液検査結果をみて、治療を止める理由がわかりません」
「何が何でも続けることを強制するつもりもありません」
と言う主治医。
標準治療ではない今、治療の決定権はすべてひよこにゆだねられている。
「僕の方針はたたける時にたたいたほうがいいんじゃないかなぁ〜という気持ちです。あとはひよこさんご自身の気持ちです。ひよこさんが納得して治療を受けることが一番大事です」







答えを出す時が刻一刻と近づいている。     (・e・)




ハレとケ
 


昨日は久しぶりに家族4人揃っての夕飯だった。


ちょっと奮発してすき焼きにした。


お肉の味のしみた野菜はきっと美味しいはずなのに、味が良くわからないひよこは何を食べても苦味を感じることが残念だった。

すき焼き鍋の底が見え始めた頃、今月の祝日である勤労感謝の日の話題になった。
「勤労感謝の日はその昔は何の日だったのかなぁ〜」
と主人が言う。
しばらくすると義父がゆっくりと答える。
「・・新嘗祭じゃないのかな・・・」
夢中でお肉をほおばっていた息子が興味を示した。
「それって・・ハレとケでいったらどっち?」
「・・・・・何?」
「だからハレとケでいうなら、どっちになるの?」
「ハレ・・と・・ケ・・?それって何?」
「えっ?ハレとケとか言わない?」

主人もひよこも顔を見合わせた。
お互い「はれとけ」の指す意味がわからなくて、息子がトンチンカンなことを言っているのか?それとも今時の若者言葉なのか?もう一度息子に聞きなおした。
「えっ?知らないの?ハレの日とかケの日とか言うじゃん」
「ハレの日・・・?ケの日・・・?」
ますますわからない。

近くにあるパソコンですぐに検索してみた。


【「ハレとケ」とは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。

民俗学文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ)は儀礼年中行事などの「非日常」、(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。また、(褻)の生活が順調に行かなくなることをケガレ(気枯れ)という。

ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、とは画然と区別した。】
                                     
                                    ウィキペディアより


「ふーん、そんな言葉が存在するんだ〜。初めて聞いたわ・・」
主人もひよこもそれまで“ハレとケ”なんて言葉を知らなかった。
まだ18年しか生きていない息子に聞かれたことに答えられなかった事実がショックな様子の主人。
勤労感謝の日(新嘗祭)がハレなのかケなのか結局わからないまま息子は「ごち!」と言ってその場を去っていった。



                                    穏やかな今日




ひよこはショックと言うより
そんな場に居られることがただ嬉しくて『まだまだ死ねない』と思った。 (・e・)




悪くないかも
 


うららかな小春日和の一日。


やわらかな日差しは惜しげもなく燦燦とふりそそぐ。


さっき干しておいた掛布団を取り込んだら太陽のいい匂いがした。
ぬくもりのある・・鼻をくすぐるような匂いが好き。
病院へ出掛ける前に冬用の掛布団をベランダに干しておいた。
さすがに肌掛けだけでは明け方少し寒くなってきた。
息子の布団も一緒に干して・・ふと娘のことを思った。
東京で一人暮らしをしている娘は布団を干しているだろうか?
家に居る頃はそんなこともしてやれたけれど・・日の高いうちに帰宅などできるはずもない彼女のことが気になった。
心配してもしょうがないのに・・。

日向ぼっこをしながら・・好きな音楽を聞きながら・・針を持つ手を動かす。
副作用の涙目に老眼の追い討ちで昔のようにはできないけれど、こんな風にゆったりと流れる時間が好き。
時々鳥のなき声が聞こえる程度の静けさが心地いい。
誰にも邪魔されずに好きなことに集中できる。
こんな時間は、まさに緩和ケア。
病が与えてくれた至福の時間。





誰が言ったのか忘れてしまったけれど
「人生は困難なほど、面白い」
進行がんとの共存を困難と呼ぶにふさわしいかどうかは置いておいて、決して平穏無事ではない現実。
時々、もし・・がんに罹患していなかったら・・再発していなかったら・・と考えることがある。
健康であったなら、今どんな人生を送っているのだろうか?
大切なものを見失わずに・・大切な声を聞き漏らさずに・・生きているだろうか?





進行がんとの共存人生・・悪くないかも!?        (・e・)



患者と主治医の絆
 


木々の緑がひと雨ごとに色づき秋が一気に深まっていく。


見慣れた病院の景色も気づけば秋色。





車を降りてひんやりとした風を感じながら歩いていると、あんなに暑かった夏の記憶も忘れてしまう。
春にはやさしい花を楽しませてくれたハナミズキ。
秋には温かい葉色とかわいらしい実で再び楽しませてくれる。
みごとなカエデの単色の紅葉よりも、赤らんだり黄ばんだりするハナミズキや桜はなんだか艶っぽい。





桜紅葉。
目の覚めるような紅葉ではないけれど、地味にひっそりと紅葉する様は庶民的で親近感さえ覚える。
花の頃にも劣らぬ存在感にますます桜が好きになる。


今日はフルウィッグ・帽子なし・・というスタイルで通院した。
中待合で待つ間、いつもなら何人かの親しいナースと挨拶を交わす。
でも今日は誰一人ひよこに気づく気配がない・・・?
名前を呼ばれて診察室へ入ると
「あれっ〜!今日は雰囲気が違いますね〜。ひよこさんだとは気がつきませんでした!」
と言う声に反応してもう一人ナースが顔を出す。
「なかなか・・いい感じですね〜♪」
とよいしょしてくれる。
「そうだよね。いつも帽子被ってるから・・今日はなんか別の人みたいですよね」
とDrも声をそろえておっしゃる。

診察もそっちのけでナースたちとの話が弾んで・・診察室に大きな笑い声が響いた。
隣の診察室のDrが驚いた様子で顔を出したのには・・こちらがビックリした。
ひよこがこれまでにイメージしていた末期がん患者の診察風景とはあまりにギャップのある一コマ。
こんな空気に浸るまでには、計り知れない時間と孤独に押しつぶされそうなエネルギーが必要だった。
患者と主治医との「絆」はそう簡単には結えるものではない。
人としてお互いを尊重しあってこそ生まれる信頼。
いつわりのない心で生きる誠実。
24時間体制のフォローが約束される安心。
納得できる・・満足できる・・治療がうけられるようになるまで・・5年。

ようやく二人三脚できると思った主治医。
そんな主治医が退職されると聞き動揺しているこの頃。
“永遠”なんてやっぱりありえないんだ・・・。
経過をずーっと診て頂いていたDrがいなくなる。






再びの「絆」を結ぶエネルギーはもう残っていない。     (・e・)


母の気持ち娘の気持ち



東京駅から新大阪行きの新幹線に乗った。






隣の席に娘がいない事が少し淋しい。




今日、「午後からサークルがあるんだけど馬場で集合する事になったから途中まで一緒に行けるよ」という彼女と中央線の中野駅で別れた。
ほんの数時間まえ。



                            井の頭公園散策


「次は中野〜中野〜」と車内アナウンスが流れた。

最後に何か言わなきゃ…
「野菜をたくさん食べて…身体に気をつけて…がんばって…」としか言えなかった。
もっと言いたい事があるのに、胸が一杯で言葉にならない。
「うん…うん…」としか言わない彼女。
母の横でどんな顔をして乗っていたんだろうか?





乗り換えのためにホームへ降りた彼女が最後にチラッとこちらを向いた。その顔が、あまりに淋しげに見えて、母としては嬉しくもありまた辛くもあり複雑な気持ちになった。





「年末は試験の前だからたぶん…帰らない」
と言う彼女。
またしばらく娘の顔が見られない。


近そうで遠いTOKYO。





今度逢える時にはひよこの今の治療が奏効して…スキンヘッドに髪も少しは伸びてるといいなぁと思う。


明後日は通院。
TC3クール目とゾメタの点滴。



処方された“イメンド”忘れずに持って行かなきゃ。   (・e・)