2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

眠れない夜
 


久しぶりに眠れない夜だった。


昨夜、いつもと同じように寝床に入ったのに・・・




12時・・1時・・2時・・何回時報を聞いただろうか?
今日という日が特別な日でもなく、緊張する理由は何もない。
眠れない時はいつも決まってネガティブなことを考えてしまう。
自分の病気のことだったり、子供たちに起こる不幸だったり・・
当然目覚めも悪く身体はだるい。
それでも今日は月曜日、一週間の始まりの日だから気合を入れて家事をこなす。

一段落ついた頃、電話が鳴った。
息子からだった。

「わりと元気にやってます」
息子にしては珍しい時間にかかってくる電話に嫌な予感がしたものの、イキイキした声の調子に安堵する。
大学へ提出する書類のことが用件の電話だった。
あれもこれも・・聞きたいことがいっぱいあるのに、電話ではなんとも歯がゆい。
急いでいる様子に早々と電話を切った。






やわらかな日差しの午後にお昼寝なんて いいかも・・    (・e・)


白血球 5000
 



北風が冷たい今日、血液検査のため病院へ行ってきた。





明るい陽射しに暖かさを感じ、空を見上げると太陽は眩しく高い。
見上げる空の明るさと陽射しは、避難されている方々の空にも届いているだろうか・・と思いを馳せながら、病院の駐車場から玄関へと急いだ。


今日の血液検査は腫瘍マーカーの測定も含まれている。
先月、基準値内にまで下がったマーカー値が何とか維持できていればいいのだけれど・・
結果は来週。
それにしても5000という白血球値には主治医も私も驚いた。
投薬量が50%ということもあったが、今月始めの抗がん剤治療の後、G−CSF注射はしていない。
再発治療を始めてからは、度重なる抗がん剤や放射線の影響かなのか・・これまで慢性的に白血球は少なめだった。
休薬の週でも3000前後の値をいったりきたりの数年間。
「ワクチンの効果かもしれませんね」
5000という白血球値に主治医がこんなコメントして下さった。
まだ始めたばかりのワクチンだけど、効果がこんな風に数字となって表れたのだとしたら、嬉しい。
がんばって続けたい。


会計を済ませて帰ろうとしたら、東北関東大震災義援金の募金箱が設置されているのが目に入った。
今までと変わらない治療が受けられることに感謝しつつ、被災地での医療の応援ができれば・・と思いながら、わずかばかりの募金をさせていただいた。



明日の自分がどうなるのか・・誰もわからない。
今日を・・今を・・大切にして、明日へ繋げたい。   (・e・)



白血球 1200
 


今日は朝起きた時から体調が悪かった。


一通りの家事は夫と義父にお願いして、再びベッドで横になった。



2、3時間うとうとしただろうか。
今日は血液検査のため病院へ行かなくてはならない。
『白血球がかなり少ないのかもしれない・・』
そんな心配をしながら病院へ向かった。

白血球 1200

今朝の体調不良は白血球減少のせいだと思っていたから予想以上に多い数値に驚いた。
そして主治医もG−CSF注射をどうしようかと迷っている。
「このまま様子をみてみたい・・というのが本音ですね」
と自力での回復を期待していらっしゃる様子だった。
今週末には出かける予定があり、その旨を伝えると
「じゃぁ、今日だけ打ちましょうか?」
と言う主治医に従い、一回の注射と自力での回復に期待することにした。

帰宅すると義母の入院先の病院から電話が入った。
「呼吸が少し乱れている状態から新たな脳出血の可能性が疑われます」
義父が電話口で気丈に対応している。
「脳のCT検査をするのですぐに来てください」という二度目の電話があった。
電話を切るなり慌てて病院へ向かった義父。


何だか落ち着かない一日だった。   (・e・)


味覚障害と便秘
 


ドセタキセルの投与から一週間。


少しずつ体調が戻ってきた。





抗がん剤のもろもろの副作用も、投与から一週間も経過するとかなり治まってくる。
初期に現れる吐き気も、今はもうほとんど感じることはない。

吐き気が治まってくると今度は食欲が出てくる。
ムカムカして思うように食べられなかった時間を取り戻すかのように、アレもコレも食べたくなる。
一気に食べたい気持ちを抑え、可能なものを優先順位を決めて、食べる。
その時その時に一番食べたいものを意気込んで食べ始めるのだが、期待していた味と違うことにがっかりして、食欲も失せてしまう。
こんな事の繰り返しで、とにかく味がよくわからず、食事が美味しくない。

ドセタキセルの副作用でもある味覚障害は食べる楽しみまで奪ってしまう。
口の中は常に苦く、喉の奥はヒリヒリしている。
薄味の料理は味がわからないから、ついつい濃い目で刺激の強い味付けを好むようになる。
塩分は控えたほうが良いことは百も承知だけれど食欲には勝てない。
ただ美味しく食べたいだけなのに、ドセタキセルの副作用でそれすら叶わない。

そして便秘。
ドセタキセルの投与後は決まって便秘になる。
トイレを占領する時間が長くなり、その度に体も冷えきってしまい悪循環。



                    あり合わせのカニ雑炊もいまひとつ・・・




未だに副作用との上手い付き合い方が身につかずじれったい。 (・e・)



痛みのストレス
 


最近、気になる痛みがある。


健側乳房・・・



10日ほど前から胸が痛む。
時々痛むという感じではなく、常に痛い。
ピンポイント的には時々ズキンと痛むのだけれど、全体的には常にヒリヒリ・チクチクとした感じ。
下着が触れる摩擦でも痛む。
外傷らしきものは見当たらないし、ぶつけた記憶もない。
痛みの原因がわからないからとても不安・・・

再発・転移している身としては、どこかに少しでも痛みを感じると、当たり前のように病気と関連付けて心配してしまう。
何の根拠もなく。
そうかといって、絶対に病気の進行ではない、と否定できる根拠もない。

今、肝臓に転移があっても、肝臓が痛むような症状はない。
CTやエコーで確認することで肝転移を自覚する。
「あぁ・・やっぱり自分は癌なんだ・・」

今感じる胸の痛みはとてもストレスになっている。
マーカーも転移巣も縮小しているのだから、新たな転移とは考えにくいはずなのに、『じゃあ、この痛みは何?』という疑問が頭から離れない。






来週早々の抗がん剤投与の時、主治医に診ていただくつもり。   (・e・)




ヨレヨレな一週間
 


ドセタキセルの単剤投与から一週間。


ようやくPCに向かおうと思えるくらいに回復した。




                                            義父の初詣土産


1月4日の仕事始めの日、8thDTX・ゾメタ31クールの治療を受けた。
7クール続けたTC治療からドセタキセル単剤投与に変更したことで、今回はかなり吐き気が抑えられるのではないだろうかと・・密かに楽しみにしていた。
抗がん剤の副作用を“楽しみ”なんていう言葉で表現してしまう自分がちょっとおかしいけれど、そんな馬鹿げた楽しみでも見つけていかなきゃ、やってられない。

が、実際には楽しめるほどの変化は無くがっかりだった。
投与してすぐ・・午後から吐き気がして、喉はヒリヒリ、舌はビリビリ、身体はだるくて仕方がない。
翌日も同じような症状が続き、3日目4日目はTCの時と同じように一日中布団にくるまって過ごした。
期待していただけに残念な結果が副作用に拍車をかけたかのようだった。

本当にヨレヨレでひどい一週間だった。
お風呂に入ると体が温まって・・ムカムカして気持ち悪いから入らない。
歯磨きも吐きそうで、口内炎も痛いからしない。
洗面に立つのも億劫で顔も洗わない。
身体を動かす時といえば、お手洗いへ行く時と主人が枕元へ運んでくれるお粥を食べる時くらいな日々。
哀しいくらいに情けない一週間。


こんな一週間がこれからも3週毎に繰り返される。
誰にも会いたくない・見られたくない一週間。



みんなもこんな時、ある?               (・e・)

 
化粧
 


一週間ぶりに化粧をした。


白血球値を調べるための通院があったから。


先週の化学療法の翌日から毎日化粧もせずに最低限の家事だけこなし、副作用がピークの日は家事すら主人に任せ家にこもってだらだらと過ごしていた1週間。
今日は通院。
さすがにすっぴんで受診することははばかられる。
化粧といってもファンデーションを薄くはたき、頬紅をほんのり、眉を書いてリップクリームを塗るだけ。
それまで本当に病人?の様だった顔がすこ〜しイキイキしてくる。
化粧って不思議。
副作用で辛いときは鏡を見るのも嫌で、ましてや化粧なんてどうでもよくて・・何もかもが面倒。
少し体調が戻り鏡に向かってみようという気持ちになり、シミだらけの顔でもお手入れすると心がだんだん元気になってくる。

亡くなられた小倉恒子先生のお父様が
「恒子、お洒落をしなさい」
と励まされた言葉がふと思い出された。

意識しているわけじゃないけれど、“がん患者である”という精神的・肉体的ハンディキャップを知らず識らず負っている。
せめて心だけでも人並みに・・いえ人並み以上に強く美しくありたい。
そんな心のモチベーションアップに欠かせない化粧。
気分が塞いでいるときこそ自分で自分を盛り上げたい。
病に支配されないように・・・



                               バラ公園のアイスバーク
                       


今日の白血球 800

またいつものように3日間 G−CSF注射のために通院しなければならない。
世間はクリスマスやら年末やらの気配なのに、いまいち気持ちの乗らない師走。
24日は造影CTに腫瘍マーカーの検査。




化粧くらいでは払拭できない憂鬱かも。      (・e・)


ちょっと・・復活
 


7thTCの抗がん剤投与後、いつものごとく副作用に苦しめられた。


3日間、布団にくるまってただ時間が過ぎるのを待つ。



吐き気・頭痛・体の痛み・・・
お決まりの副作用だけれど、何クール経験してもこの副作用に慣れることはない。
時間が過ぎれば・・時が解決してくれる症状とわかっていても、こんな辛い時間を耐えないと命を繋ぐことの出来ない身体が悔しく哀しい。

それでも抗がん剤治療を5年も続けていると、そんなことでへこんでいることがどれだけ無意味なことか自分なりに学習できている。
この世に命を授かったものはみな平等にいつか朽ち果てる。


良い時間を過ごすために迷うことは何もない。
自分の思うとおりに生きるだけ。






ちょっと復活してきた日曜日の昼下がり・・・。       (・e・)




無気力な日々
 


副作用に悩まされる最近。


無気力に過ごす日々。


筋肉痛のような身体の痛み
倦怠感
味覚障害
浮腫
脱毛など

こんな症状が長期になってくると気持ちが塞いでくる。
何に対してもやる気が出ない。
鬱の初期症状に似ているかもしれない。
終わりの無い治療は先が見えない。




              ほったらかしのベランダ


毎日を大切にイキイキと・・って気持ちばかり焦って体がついていかない。
一日中・・何もしなくても日が暮れていく。



明日は良い天気だといいな。        (・e・)





<2008.9>

頚椎に転移があり、それはかなり進行している事実が発覚した。

痛みの原因がはっきりした。
「ほっておくと下半身麻痺になる可能性もありますよ」
と整形外科のDrに言われた言葉が耳から離れず、また自分の置かれた状況の厳しさが重かった。
選択の余地も無くすぐに放射線科を受診した。
放射線科で頚椎のCTを撮ったら予想以上に骨が溶けていると告げられ、当初の予定よりも広範囲に照射したほうが良いと言われた。

何が何だかわからなくて、もうDrの言われるままにするしかなかった。

首に巻かれたカラーのせいで車の運転も不自由で、毎日の通院は義父にお願いして病院まで送迎をしてもらうことにした。
最初に送ってもらった日、病院の正面玄関の車寄せで降ろしてもらった。
警備員の方が患者さんの乗車や降車のお手伝いをしていて、その警備員さんが当然のように助手席に乗っていた義母側のドアを開けようとした。
「いえいえ、私じゃありません」と義母。
後部座席からカラーを巻いたひよこが降りると、警備員が驚いた表情をした。
『イヤだな・・』と思った。

白髪の老人が患者だと思うことはすごく自然で当たり前なことだと思うけれど、そんな老人に送迎してもらわなければならない立場の自分が惨めで・・悔しかった。
気兼ねをしながら・・嫌な思いをして・・。
翌日、入院希望であることを看護師に伝えた。
あらゆることから解放されて治療だけに専念したかった。



主治医不在のまま入院・放射線治療が始まった。


出来ない理由
 

真夜中の大きなな雷鳴に目を覚ました昨夜。


夕方から降り出した雨も今朝には止み、久しぶりに太陽と青空を見た気がする。






初冬を思わせる空と温かな日差しと、北西の強い風。
衣替えも済んでいないのにいつの間にか鍋が恋しい季節になってしまった。





食生活の改善を意識し始めてそろそろ1ヶ月になる。
体質改善の中心はやはり食べ物じゃないかなと思う。
野菜・果物をたっぷり摂って、時々動物性たんぱく質を少し。
食事は自分なりに順調に改善されていると思っている。

問題は運動。
最近、TCの副作用なのか?足の運びが悪くて、時々つまずく。
先週の通院の時も段差のない病院の廊下で2度も蹴つまずいて転びそうになった。
一日30分程度の運動が必要と言われているけれど、とてもできそうもない。
浮腫みもあるし・・・寒くなってきちゃったし・・・。



なんて・・出来ない理由を探している自分が情けない。    (・e・)









<2008.9>

頚椎・胸椎・腰椎への多発骨転移が見つかった。


術側胸壁の再発と肝臓の遠隔転移がわかってからの憂鬱で辛い日々から少し元気になりかけていた頃だった。



『もう・・・このまま病気が一気に進行してしまうんじゃないだろうか・・』
治療しているのに病気が進んでしまうことの恐怖。
どんどん広がっていく見えない病魔におかされている恐怖。

1年前から上がり始めている腫瘍マーカーCA15−3。

ゼローダを飲み始めて最初に撮った造影CTの所見では、“肝臓の腫瘍は中心部壊死?”という評価だった。
増悪がないということはゼローダが効いているという判断で、そのままゼローダを続けて飲むことが主治医から指示された。
骨転移に関しては「まだ酷い痛みもないようですので、ゾメタでフォローできると思います。虫歯があれば治療をしておいて下さい」と言われた。

今後の予定は主治医の休みや祝日などが重なり、ゾメタの点滴治療開始は4週後の予定だった。

いくら酷い痛みはないといってもわずかながら感じていた痛みがやっぱり不気味で、ゾメタの治療開始が4週間後ということは少し不安だった。
毎週月曜日に大学病院から来ていらっしゃる乳腺外科の主治医には4週後の予約日まで会えそうもない。
ルール違反かもしれないけれど別の外科医の診察を受けようと思って火曜日に病院へ行った。
骨転移が確定してゾメタの治療を受けることになっていること
歯科検診も済ませたこと
骨に少し違和感があるので一日でも早くゾメタの治療を始めてほしいこと
そしてこのことを主治医に伝えて欲しいとお願いした。

「主治医の指示がなくても、必要な治療なので僕の判断でできます」
「場合によっては放線治療もありえます。入院治療もできますよ」
その時診察して下さったのは今の主治医だった。

すぐに対応して頂けるはこびとなり、ゾメタの点滴治療を受けてホッとして病院を後にしたその日の夜。



首に激痛が走った。