2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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平成23年12月 

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 血液検査、CT撮影のため病院へ行く。今後の治療は、マーカー値、転移巣の様子で判断するのだが、タキソテール、アブラキサン、ヒスロン等が挙げられた。そして増悪が見られないようならば、フェマーラ等のホルモン剤も再度試してみてはどうか、というものであった。

 

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 検査結果を確認するために病院へ行く。結果は、肺転移増悪、肝機能数値の増悪と酷いものであった。

私たちはここ数日、次の治療に何を選択すべきか迷っていた。これまでに投与してきた抗がん剤、ホルモン剤は10種類以上になる。その中でAC、TC、XCといったエンドキサンをかぶせた治療は比較的奏功していた。しかし、いずれも副作用を軽減するために(ACは規定量があるが)、時期を見てエンドキサンを外していた。

根拠はなかったが、私たちは、XCを選択した。医師は、それを認めてくれた。

 
平成23年12月 
 

12月2日

Marimo様から、妻へプレゼントが届く。一切の見舞いを拒んでいた家内であったが、うれしそうだった。

そして、メールも届いた。

 

 

ひよこさんへ

さっそく不器用ながらも完成させたベストを発送させて頂きました。モタモタしているうちにちょっと時期がずれてしまった感がありますが、ひよこさんに、わたしの気持ちだけでも届けば、と思います。

ひよこさんが想像以上に、脳外科の手術でダメージを受けられているとのことで、ほんとうに胸が痛みます。

昨年の夏、お会いしたときは、おしゃれではつらつとして、とても重い病気を持っている方という風貌ではありませんでした。

春にお会いしたときなど、私より健康的な笑顔で、ふたりで、カメラ片手にお花見を楽しんだのですが。

がんとは、ほんとうに残酷な病です。

ひよこさんもご主人様も、目の前に立ちふさがる大きな苦しみと闘っていらっしゃるところだと思います。

お返事のお気づかいはけっこうです。     中略

ご主人さまも、急に冷え込んできましたので、あたたかくしてお過ごしください。

 

 

まりも様へ

本日、ベストを受け取りました。ありがとうございました。

家内は大変喜んでいます。

「まりもちゃんは、やっぱり器用だね。」

と、感心しておりました。暖かい日には着用し、ベランダに出させてみようと思います。

 本日、ここ愛知は冷たい雨が降っています。これから、ますます寒くなるのかと思うと憂鬱ですが、春をめがけ、夫婦でがんばります。

平成23年11月 
 

30日

Marimo様からメールをいただいた。

Marimo様のメールを掲載しているのは、いろいろな理由がある。その一つが2011.11.27に、Marimo様が疑われるようなコメントがあったことにある。もちろんMarimo様はそのようなことを気になさる方ではないし、コメントされた方も決して悪気がないことも理解できる。だが、真実をお伝えしたく、そのときのやりとりを掲載させていただく。



 

ひよこさん、こんにちは。

毎日寒くなってきましたね。暗くなるのも早くて、なんだか寂しい毎日です。

さて、最近、洋裁をみようみまねではじめまして、ひよこさんにベストを作ってみました。通院時でもパジャマの上でもOKかなぁ、というかんじで。早めのクリスマスプレゼントということで、さっそくお送りしたいのですが、ご住所をお聞きしたことがなかったので、ご迷惑でなかったら、教えていただけないでしょうか。気長にお返事お待ちしています。

 



まりも様へ

家内のことを気にかけて頂き、ありがとうございます。

117日以降、大きな変化はありません。毎日、ベッドの中で時を過ごしています。その主たる理由・原因は脳転移によって受けた心身のダメージです。

お問い合わせの件ですが、家内に代わり、お答えさせて頂きます。

    中略

まりも様からメールが送られたこと、心配して頂いていることなど、家内には伝えます。まりも様もお体をご自愛下さい。


平成23年11月 
 11日

トンカツを食べさせてみた。衣にむせてしまい、嘔吐。調子に乗ってはいけないと反省。ただ、揚げ物を食べようとしたことから、徐々に食欲は高まりつつあるのかと、かすかな期待を持った。


17日

魚の煮付け、おでん、豚汁、とろろご飯、水炊き ・・・・。量は多くないが、嘔吐することなく、少しずつ口にできた。この日は、芋煮。残念ながら激しく咽せてしまい嘔吐。誤嚥、痰のようなものの不快感には、ずっと悩まされている。 


29日

視覚障害、嚥下障害、骨転移の痛み等は継続していたが、頭痛は少し軽減されてきたようだった。食事以外はベッドの中にいる毎日だが、テレビのスイッチを入れ、時間を紛らしている。

この日は、病院へ行った。といっても、特に治療はなし。今後の治療をどうするかを相談した。結論は出ず、来月のはじめにCT・血液検査をし、そこで方針を決めることにした。それまでは、体力の回復に心がけるとともに、腫瘍が増悪しないことを祈るだけである。



平成23年11月 
 

8日

退院前に行った採血検査の結果を聞くために病院へ行った。マーカー値が増悪していることを告げられる。また、この先、頭痛、視覚・嚥下障害等は緩和されないかもしれないことも告げられた。

 

9日

昨日は医師のコメントにがっかりしたが、この日は比較的体調がよかった。煮魚を食べてみたいというので、メバルを煮付けてみた。出来上がりに自信はなかったが、「おいしい」と言って食べてくれた。

 


この日、Marimo様から返信メールをいただいた。掲載させていただく。

 
ひよこさんのご家族様

お忙しい中ていねいなお返事をありがとうございます。数々の苦難を乗り越え、あんなにがんばっていらっしゃるひよこさんが、再びとても辛い局面に立たされているとのこと。神も仏もないものかと、私も胸を痛めています。
 このたび、新たな転移発覚ということで、ご家族のみなさまの御心労も並々ならぬものではないかとお察しします。ひよこさんは、繊細で思慮深く、頭のきれる方なので、傷つきやすい一面もあるかもしれませんが、一方で想定外の逆境の中でも、しっかりと生き抜く力をお持ちの方だと思います。ひよこさんのこと、静かに待っていたいと思います。


そして、大好きなひよこさんへ

私には、ほんとうに何もできず、歯がゆいばかりです。

     中略

ブログは、あくまで趣味のものですから、更新を無理されることはないと思います。読者も理解のある方たちばかりですし、ひよこさんの心の負担にならないとよいのですが。

ひよこさんに、穏やかで優しい時間が戻ることを心から祈っています。



平成23年11月
 

11月1日

CT画像診断の結果説明を聞かされた。肝臓の腫瘍はやや増悪であった。7月からタキソテールを休薬していたため、これは想定内であった。ショックを受けたのは、新たな転移である。大きな腫瘍ではないが、肺に数カ所の転移巣が見つかった。

 

   2日

脳外科の担当医の診察を受けた。腫瘍を取り除いた部分が思うように縮小していかないらしい。

昨日に引き続き、この2日間の診察・診断に私たちは交わす言葉もなかった。それでも、抗がん剤を休薬しているのだから仕方ない。体力が戻ったら抗がん剤を投与しよう、と言い聞かせた。

 

   3日

この日、妻は、退院した。自宅で静養し、体力の回復を待とう、という判断である。

退院したとはいえ、自宅の寝室と病院の病室が変わっただけである。1日の大半をベッドで過ごす毎日である。

 

 

   7日

更新されないブログにもかかわらず、これまでに多くの方々から励ましのコメント、また、お見舞いのメールも何通かいただいた。

そしてこの日、Marimo様からお見舞いのメールをいただいた。今回の手術・入院以来、ブログのコメントや受信メールの確認は、私が代行していた。Marimo様の了解は得ているので、このときのやりとりを掲載させていただく。

 

 

ひよこさん

ブログ更新なかなかできない状況のようですが、お加減はいかがでしょうか。まだ入院されているのかな。入院がまだ続くようでしたら、お見舞いに行かせて頂きたいのですが。

 ・・・・・・ 中略 ・・・・・・   

気分がよいときに、一言でいいのでメール頂ければうれしいです。お返事、いつまでもいつまでも気長にお待ちしています。

 

Marimo様へ

いつも温かいお言葉を家内に届けていただき、ありがとうございます。

家内は、11月3日に退院しました。退院できたとはいえ、病状は手術前とあまり変わりません。新たな転移が見つかり、精神的にはむしろ悪くなっています。退院したらブログの更新を、と言っていましたが、今はその気力も無いようです。

良いこと、悪いこと、変化がありましたら、報告させていただきます。

平成23年10月 
 

28日

 この一週間、悪いながらも体調は安定していた。主治医から、今後の予定を聞かされた。話の内容を要約すると

入院して行うべき手術後の治療は、ほぼ終了した。この先、現在の症状が劇的に良い方向へ向かうことは、期待できないであろう。症状が変わらないようなら、退院して自宅で静養したほうがよいのではないか。翌週、画像診断をし、今後の治療を検討する。

というものであった。

複雑な思いで、この日、一時帰宅した。

 

30日

 体調が良かったので、思い切って外食することにした。久しぶりの屋外の空気に触れ、気持ちよさそうだった。しかし、食後、頭痛と吐き気に襲われ、嘔吐してしまった。嚥下障害と嘔吐の関係は、私にはよくわからないが、妻が言うには、

「喉、気管、食道付近に粘りのある唾液・痰のようなものが常に付着していて、何かのタイミングで咳き込んでしまうと、胃の内容物が逆流をおこす。」のだそうだ。

 

平成23年10月 
 

21日

午後7時過ぎ、病室へ入る。幸いなことに、体調は良さそう。この日もテレビのスイッチが点けられていた。夕食も、多くはないが、口にできたようだった。一時帰宅の許可が出された。が、翌日の土曜日、どうしても出勤しなくてはならなかったので、一時帰宅は、23日に延期することにした。

 

23日

待ちに待った一時帰宅である。約40日ぶりに洋服を着る。そして、靴を履く。

自宅に着くと、愛犬が出迎える。

「私のこと忘れてないみたい。」そう言いながら、愛犬の頭を撫でる。

部屋に入ると、疲れたのかベッドで横になる。体調が良いとはいえ、手術前の体調にはほど遠いようである。ほんのわずかの自動車での移動でも、ぐったりしてしまう。

それでも、

「やっぱり、家がいいな。」

の一言に、病室での生活の辛さが伝わってくる。

 

 24日

 時間は、あっという間に過ぎていく。午後7時、病院へ戻らなければならない時間となった。トイレと食事以外は、ほとんどベッドの中で横になっていたので、病院での生活とほとんど変わらなかったのだが、

 「戻りたくないな。」

と呟きながら、玄関を出た。
平成23年10月 

16日

 ブログ更新

17日
 このころの私の日課は、「朝7時頃病院へ行き、妻の顔を見た後、出勤。勤務終了後、病院へ行き、午後9時頃帰宅」というパターンだった。朝の見舞いは、できないこともあったが、午後の見舞いは欠かさなかった。

 この日の見舞いで、驚いたことがあった。病室へ入ると 何とテレビのスイッチが入っていた。「調子がいいので、テレビを点けてみたの」とのこと。これまで頭痛が酷く、とてもテレビどころではない日が続いていたので、久しぶりに笑顔の見舞いとなった。

 

 

19日

 主治医から、思わぬコメントがあった。

「体調が良さそうなので、週末に一時帰宅してみてはどうですか?」

放射線治療の効果が出ているのだろうか?

一時退院してもよいが、自宅で何かあったらどうしたらよいか?

ひょっとすると・・・・・

いろいろなことを想像した。

結論は、週末の体調をみて決めることとした。

平成23年10月 

7日

 参列できないと知りつつ、義父の通夜と葬儀の日時を伝えると、

 「私の分も、お願いね。」
と、悲しそうに答えた。

 

8日

 東京にいる娘を呼び、妻の名代として通夜・葬儀に参列させた。


10日
 東京へ戻る前に、娘と病室へ行く。
 実父が亡くなったことは悲しいことであったが、娘に会うことができた妻の心は、随分癒されていたようだ。
 今度帰省したときには、自宅で迎えてやろうと約束した。