2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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告知
 


重たい言葉・・・「告知」



今、医療現場では「告知」はあたりまえになっている。
特別な事情が無い限り本人へ告知されることが常識と言っていいくらい日常的に行われているのではないだろうか。

では良い告知・悪い告知とは?
告知をされる時はもうすでに患者側はMAX緊張して不安で押しつぶされそうな時。
医療者のわずかな表情からも必死で何かを読み取ろうとしている。
そして同時に間違いじゃないだろうか・・と最後の瞬間まで希望を捨てきれずにいる。

「告知」という医療行為はDrにとってはあまりにもありふれた日常の一こまかもしれない。
患者にとってはおそらく一生忘れられないであろう瞬間。
何年経っても色褪せることなく鮮明に思い出すシーン。
医療者の発する言葉の一つ一つはこれから先の患者の人生に深く深く関わることを自覚していらっしゃるだろうか。

同じ条件下での告知なんてありえない。
病名・医療機関・主治医・患者・病期・家庭環境・・・など千差万別。
患者の数だけ告知の数がある。
何が良い告知で何が悪い告知なのか明確な答えはわからない。
けれども自分の経験から言えることは

“医者も患者も誠実であれ”






『告知は酷知であってはならない』
あるDrが語った言葉が印象に残っている。     (・e・)



PS.コメント欄で「告知」について求められたので、ピント外れかもしれませんが       
  記事にしてみました。いろんなご意見を寄せていただけると嬉しいです。


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母は84歳で当時ケアハウスにいました。
背中が痛くて近所の医者へ行きそこで母一人、家族もいないところで「余命一ヶ月」と告げられました。どんな思いできいたのでしょう。
その日から三日後ホスピスに入院、それから45日後神に召されました。
告知が悪いとはいいませんが年齢・環境なども考慮して欲しかったと私は思います。



初めてのコメントなのに失礼しました。
ずっと心でモヤモヤしていた問題なのでつい感情のままかいてしまいごめんなさい。
麻椰 | 2010/12/13 21:23
「告知」・・・重たい言葉ですよね。
でも、なぜかがん患者だけが特にこの重たい言葉で
告げられるのはなぜでしょう。いつも不思議に思っています。
初発のとき、告知は1人で「悪いもの」と言われました。カルテにはしっかり「乳がん」と書いてあったけれど。次の日、夫とともにまた同じように説明を受けました。
再発のときも、最初は1人で、翌日ご家族の方もいらしてください、ということで、夫とともにまた説明を受けました。わずか3年前のことですが、本当に
遠い遠い昔のような気がします。それほどその後の人生が変わってしまったかのように思える、ということなのでしょうか。うまく表現できずにすみません・・・。
ロッキングチェア | 2010/12/13 22:52
お久しぶりです、ひよこさん。
私の場合は20年以上前だったので、告知する・しないの端境期でしたが、25歳という若さ、あまり治療法の確立していなかった種類のがん…ということで、告知をされませんでした(それは両親の希望でもありました)。

そのことがよかったのか悪かったのか、簡単には語れないです。
告知されず、今のように病気について調べるすべもなく、同病患者のネットワークもないまま、過酷な治療を受け続けるのは、若い私にとってはとてもむごいことでしたから。

両親の気持ちを考えると「なぜ言ってくれなかったの?」と責めることはできませんが、告知されていたら味わわずに済んだであろう苦しみもたくさん味わいました。

自分の病気について正確に認識したのは数年前のことです。
結局最後まで誰も私に「告知」というものをしてくれませんでした。
助かるかどうかさだかでなかった頃はともかく、寛解と呼べる時期に入った時点で、病気に対する正確な情報は与えてほしかったです。

どういう治療を受けたのか正確に知らされないまま、そのリスクを背負って人生を生きていくって、医者が考えるほど簡単なことではないです。
私は今でも重い十字架を背負っていますし、その現実と向き合うたびに「告知されなかったこと」へのわだかまりに思いがいってしまいます。

告知するにしても、しないにしても、その後のフォローがすべてを決めると思います。
するかしないかという二元論で語るのではなく、医療従事者自身が「医療とはなにか」という根源的な問題にきちんと向き合ってほしいですよね。

http://nanisama2008.blog.shinobi.jp/
小春 | 2010/12/13 23:15
今日の記事を読んで、あの日のあの瞬間が鮮明に思い出されました。
私は最初の病院が悪かったらしく、検査して結果が出るまで約1ヶ月程掛かり、結果よく解らないから再度検査を・・と言われ主人が憤慨して、今の病院の門を叩きました。
そこでステージb期という告知を受けましたが、Drは大変誠実で「sakuraさんの病状にあった治療を考えていきましょう。」と言ってくださいました。
看護士さんも一緒に戦いましょうと励ましてくれました。今もその時の約束通り一緒に戦って下さっています。
私の場合、告知を乗り越えられたのは、やはり心から信頼できるDrと看護士さんに出会えた事が大きいと思います。
コメ、長々とすみませんでした。
明日もひよこさんが穏やかに過ごせますように・・
sakura | 2010/12/13 23:52
記事ありがとうございます!!

タイトルをみた瞬間に『まさか?!』とびっくりしました。

ひよこさんはもちろん、コメントのみなさんのも読ませて頂いて…

そうですよね。。。
年齢。家庭。生活環境。正しい告知は千差万別ですよね。。。

告知後にかける言葉も、

希望を持てるように『治るから頑張りましょう』が正しいのか。

『100%治るわけじゃない』ことも伝えるべきなのか…

難しいですよね。。。

今週いっぱい続く告知の集中コース。

みなさんのコメントを読ませて頂きながら、しっかり考えていきたいです。

ありがとうございました!
ぶぶ | 2010/12/14 00:47
私が余命宣告をされたのは今年の8月でした。

あと1年…そう告げられた時は全身に死への恐怖感が走り取り乱しました。

主治医はどうすることもできないと言って後ろ向きなことしか言ってくれなかったし…

告知はあの時こう言わなかったとか後から責められても困るからとなんか主治医の都合もあって告知した感じでした。

もう少し告知される人の気持ちを配慮した告知であってほしかった…

でも闘っていかなければならないのは自分自身。告知の恐怖心を乗り越えていく強さを持っていかなくてはと思ってます。
みみちん | 2010/12/14 11:56
★ 麻椰ちゃん

お母様はお一人で辛い思いをされましたね。告知をされたDrは少し配慮が足らなかったような気がします。家族としては悔いが残るのも当然かと思います。
コメントありがとうございました。




★ ロッキングチェアちゃん

情報が溢れている今、「告知」なんて形式的なものであるような気がします。
説明と理解と合意・・インフォームド・コンセントに繋がる告知が理想でしょうか。
ただ「告知」という言葉だけが一人歩きしているようにも思います。
コメントありがとうございました。




★ 小春ちゃん

>告知するにしても、しないにしても、その後のフォローがすべてを決めると思います。・・ひよこもそう思います。
どんな状況になろうとその時その時のベストを尽くしてくださるか?患者の声に耳を傾けてくださるのか?
告知は始まりの儀式とでも言うのでしょうか。告知から全てが始まるのですから・・・。
コメントありがとうございました。




★ sakuraちゃん

医者と患者の信頼が医療の良し悪しに繋がるのでしょうね。
sakuraちゃんが信頼できるスタッフに囲まれて治療できているようで良かった^^
コメントありがとうございました。




★ ぶぶちゃん

患者は(ひよこは)慰めや偽りの言葉は求めていません。ただ、事実が知りたいのです。
その事実がたとえ厳しいものであっても生きるためには受け入れて前を向くしかありません。
「告知」の背景には「あきらめない」と言う医療者の覚悟も語って欲しいなぁと思います。
生意気ですみません。少しでも参考になれば・・。




★ みみちんちゃん

あと1年なんて・・・根拠は何かしら・・?
余命宣告をするDrはそれぞれのものさしを持っていらっしゃるみたい。患者の利益にならない余命宣告なんて当てにならないと思うわ。
だからみみちんちゃん、きっと主治医のものさしは壊れていたんだと思うの。
がんばろうね。
コメントありがとうございました。




ひよこ | 2010/12/14 22:45
初めまして。
いつもひよこさんの日記を拝読させていただいています。
(同じくらいの子供がいます)

告知・・・。難しいですね。告知って何だろう?
「貴方はガンです」と言う事でしょうか。
治療方法や効果まで確立も含めて説明する事でしょうか。
余命を患者に知らせる事でしょうか?

我が家の夫がガンになり、医者から説明を受けた時
淡々と告げられる事実は酷なものばかりでした。
要は末期のガンだったのです。

絶望的な気持になりながら「余命は?」と尋ねたら

「余命と言うのはあまり根拠の無い数字です。
それに確率と言うのも根拠はありません。あくまで
参考の数字です。治癒率が5%でもその5%に入れば
その人には100%だし、治癒率が99%でも、ダメだった
1%に入ってしまえば本人には0%なんですよ。」

私は少し救われた気持ちがしました。
夫は表情一つ変えずにその話を聞いていましたが。

この言葉Drの言葉が私には希望でしたが、もしかしたら
他の方が同じことを言われた時「絶望」と感じるかもしれません。
難しいですね。

あれから2年。夫は現在経過観察です。
もう1年近く治療はしていません。

ひよこさんの事、同世代の母として女として応援しています。
ペコ | 2010/12/14 23:53
★ ペコちゃん

初めまして。
いつも読んで頂きありがとうございます。
>「余命と言うのはあまり根拠の無い数字です。・・・とおっしゃったDrと全く同感です。数字マジックに憂うことはナンセンスだとひよこも常々思っています。自分にとっては100%か0%なんですよね。

同世代の母として女としての応援・・とても嬉しいです。
御主人との穏やかな時間が永遠に続きますように。

ひよこ | 2010/12/15 22:11
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