2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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午後4時の散歩
 


午後4時前後になると、決まって愛犬が散歩の催促をする。


散歩に連れて行け、と言わんばかりに吠え続ける。



散歩当番だった子供たちが家を離れてから、義父が彼らに代わって散歩に連れてい行ってくれていた。
けれども、ここ最近の猛暑続きで、高齢の義父も散歩後に熱中症のような症状になってしまった日があった。
その日以来、化学療法も休薬中の私が、散歩に連れて行っている。

午後4時といっても外はまだまだ気温が高く、傾きかけた西日は肌を焦がすように照りつける。
それでも、真っ青に広がる水田を這うように吹く風は、生ぬるいけれど時折ひやっとして気持ち良い。
遠くのほうから、サワサワサワ・・と美しく稲を揺らしながら吹いてくる風の音も、また心地良い。
遠くに見える入道雲や何処からともなく聞こえる蝉の声。
汗びっしょりになって、アスファルトに座り込み、水筒を傾ける下校途中の小学生たち。
ありふれた午後4時の景色。
そんな田舎道を歩きながら、このささやかな平凡な時間が永遠に続けば良いのに、と思う。





水田をなぞる風は簾越しにリビングまで届く。
散歩の暑さに比べたら、家の中は涼しくて快適。
今日もエアコンを使用せずに過ごせるかな?


そろそろ散歩の時間・・愛犬が呼ぶから行って来よう。   (・e・)


ちょっと、ラッキー
 


フェマーラを飲み始めて9日。


前回のタキソテールから5週間以上過ぎた。



化学療法から解放された体は、副作用に苦しめられることもなく、少しずつ少しずつ生き返ってくるようだ。
それなのに・・気持ちは体ほど敏感に反応しない。
ホルモン療法になったからといって、特別に変わることなど何もなく、この体の中にあるがん細胞だけが静かに反応している。
自分の意思で選択した治療なのに、不安な気持ちに、毎日支配されている。

こんな気持ちでは、効くはずの薬も効果が半減してしまうかもしれない。







久しぶりに布草履を編んでみた。
腰をかばいながら、休憩しながら、編んでみた。
雨の音を聞きながら・・
何かに夢中になっている時は、余計なことを考えないですむから気持ちが落ち着く。



今朝、洗濯物を干す時、適当に準備したハンガーが過不足なくピッタリだった!
そんなことでも・・ちょっとラッキー☆          (・e・)



孤独もわるくない
 


「孤独な時間は人を成長させる」のだそうです。





人は孤独な時こそ悩み、苦しみ、寂寥感にとらわれ、それらを乗り越えるために懸命に考える。孤独なしに、考えるという「心の習慣」は身につかない・・のだそうです。

闘病している孤独な時間は、それを乗り越えるために与えられた時間なのかもしれない。
病を味方につけて、納得した人生を生きるために自己を見つめなおし新たな気づきを得る。
こんな風に表現すると、とても難しそうだけれど、自分の人生を生きることが大切だと思う。

人は誰も独りで生まれ独りで逝く。
自分以外の人(家族・友人・仲間・・)と関わりを持ちながら人生を生きる。
でも、時々自分以外の人の人生が羨ましかったりする。
自分に無いものを持っていることばかり目に付いてしまうから。

「僕は君が羨ましいよ。病気であることは別として、自分の自由になる時間がいっぱいあって、羨ましい」
日々、仕事に追われている夫が言う。
ないことを嘆くより、あることに感謝しようと思った。
孤独と感じる心は自分の中にある。
自分を見つめ、心の声を聞きながら、あるがままの自分を受け入れて、あるがままの自分を愛したい。




                          庭に咲く墨田の花火



孤独もそんなに悪くない。    (・e・)



孤独な毎日
 


今朝方降っていた雨も、陽が高くなる頃には上がり、雲の切れ間から差し込む日差しはいつの間にか力強い。


最近、何だかコミュニケーション不足だな・・と感じる。
話す相手は夫が主。
義父と少々。
家族以外では病院の看護師さん。
毎日、とても狭い人間関係で生きている。

先日、スーパーで買い物をした時、レジの女性と少しばかり会話をした。
たわいない一言二言だったけれど、新鮮だった。
心が少し弾んだ。
その感動を夫に話したら爆笑された。

闘病って孤独。
自宅と病院とスーパーを行ったり来たりの毎日。
人と関わって話をすることなんて、滅多にない。
病気について触れられたくないために、ご近所とのかかわりも避けているから、当然なのかもしれない。
自分から世間との関わりを絶っているのだから。

闘病に専念できる今の環境にとても感謝している。
でも、ちょっと辛い。
気持ちが落ち込んでくる。
抜け出したい。



                        明日も晴れそうな夕焼け



自分が変わるしかない。    (・e・)


術後6年の本音
 



腰痛やら抗癌剤の副作用やらで、うっかりしていたけれど、6年前の昨日、右胸を失った。


あの時の自分は、今日という日を想像できただろうか?




長かったようで短かった6年。
乳がんに罹患して、治療を始めて、まだ6年しか経っていない。
再発があり、転移があり、再々発があり、いろんな事があり過ぎた6年間。
今、こうして生きている。
6年前には存在しないだろうと思った未来を、生きている。

これからは、たぶん今までよりも厳しいであろう未来を、生きていかなくてはならない。
辛いばかりの毎日なら、あまり欲張りたくないけれど・・これも自分の人生。
もっと、もっと、生きていたい。
辛いかどうか、生きてみなければわからない。
案外面白いかもしれない。
とことん付き合う覚悟だから。



腰痛は、その後じりじりと痛みは治まり、今は鎮痛剤を飲まなくても、痛みを感じることなく動ける。
でも、腰を曲げたり伸ばしたりした時に少し痛む。
なかなかスッキリしない。
ドセの副作用も随分落ち着いてきた今日は、久しぶりに買い物にも出かけ、ようやく日常生活が取り戻せそうだ。


でも、本音を言えば、健康な体に戻りたい!!           (・e・)


脱走
 

今朝、6時前に玄関のチャイムが鳴った。


まだ就寝中だったが不吉な予感に夫が飛び起きて応対した。


「お宅の犬が逃げていますよ」
ご婦人の大きな声が2階の寝室まで聞こえた。
「探しに行ってくる」と急いで着替え、出かける夫。
低血圧で寝起きに弱い私も、さすがに知らん顔もできず、のろのろと着替え、自転車に乗って捜索に出かけた。

夫はいつもの散歩コースを探すと言うので、それとは反対の方角を探すことにした。
日曜日の早朝はとても静かだった。
通勤の自動車も少なく、愛犬が事故に遭う可能性を考えると、日曜日の早朝で少しラッキーかなと思った。
20分くらい探し回ったけれど、どこにも見当たらない。
しかたなく、もう少し捜索の範囲を広げて、遠くまで探してみることにした。
遠くで犬の泣き声が聞こえた。
『もしかしたらよそのお宅の犬に吠えられているのかもしれない』
と思い、その鳴き声を頼りに聞こえる方角を目指して自転車を走らせた。

見つけた。
200メートル位前方に愛犬がいた。
「〇〇〇!!」
名前を呼んだけれど、聞こえない様子で、さらに勢い良く走り出してしまう。
途中まで追いかけたが、見失ってしまった。
夫に電話で状況を連絡し、もうあきらめて引き返すことにした。

麦畑が一面に広がるのどかな田園風景。
5月の風は心地よく、愛犬探しが目的ではあったけれど、早朝のサイクリングも満更でもない。
ましてや、偶然のアクシデントがもたらした数時間の全力疾走のアドベンチャーは楽しかったに違いない。

探し始めて1時間後、夫に連れられて無事に帰って来た彼。





今朝の脱走は刺激的だったでしょ?     (・e・)


内緒で・・
 


5月で告知からまる6年になる。


6年間、今もお世話になっている病院へ通い続けている。



主治医は5人目となり、これまでの治療経過を充分に把握していただくことも正直ままならない。
公立の総合病院においては、それはもう仕方が無いことと納得している。
患者自身がしっかり記憶して、その都度Dr.へ根気よく話をして理解を求めることに努力するしかない。
Dr.の異動はさておき、看護師さんは告知当初から変わらず今も同じ顔ぶれという人も少なくない。
彼女たちは、主治医よりもむしろ患者の病気を含めたもろもろのことを、を正しく把握できているかもしれない。

ワクチン注射を始めて約2ヶ月。
毎回、看護師さんに術側でない健側の上腕に打っていただいている。
最近になって注射痕が残るようになり、常時2,3箇所ところどころが蒼い。
「ひよこさ〜ん、お尻にしましょうか?腕ばっかりじゃぁ・・・」
「あかちゃん用の細い注射針にしてみましょうか?」
代わる代わるかけてくれる言葉に、患者思いの優しい心遣いを感じ、素直に嬉しいと思う。

昨日は、告知当初からさりげなく、時に厳しく、気遣ってくれる同年代のナースが注射をしてくれた。
会話の流れから入院した時のワクチン注射の話になった。
保険診療と自由診療の兼ね合いを心配していることを伝えると
「内緒で打ってあげるから・・私を呼んで!」
組織に迷惑をかけかねない彼女の立場では許されることではないけれど、さらっと出た言葉がとても嬉しかった。





闘病って孤独だと思っていた時期もあるけれど、いかに周りの人々に支えられているのか、決して一人じゃない、と改めて気づかされた。



でも、内緒は・・まずいよね。          (・e・)



めんどくさい
 



「めんどくさいなぁ・・」


昨日の診察時、新しい主治医の口から出た言葉が、今も忘れられない。



それは、一日おきに注射している丸山ワクチンの予約をパソコンに入力する際、一日毎に入力しなければならないと判ったDrがボソッとつぶやくように言った言葉だった。
ただ単純にその作業がシステム上合理的ではなくて、主治医に悪気などないことと想像する。
いや・・そう思いたい。

確かに自由診療という位置づけのワクチン接種は、主治医にしてみればおそらく何の興味もなくただ煩わしいだけなのだろう。
何十人、何百人といるかもしれない主治医の患者の一人が、ワクチンを打とうが打つまいが、どうでも良いことなのかもしれない。
根治は無いと言われながらも「がん」と折り合いをつけ、より現実味を帯びた「死」と向き合いながら、より良いQOLを維持するために試行錯誤している一人の患者の治療は、主治医にとって日常のほんの一コマに過ぎないのかもしれない。


放射線治療をしている時にも、若い技師さんに言われた覚えがある。
「印が消えちゃうと・・めんどくさいことになるから・・・」
印の消えかけた胸壁に、マジックで新たな印を描きながらもう一人の技師さんにそう言った。


「めんどくさい」

そんな自分勝手な一言で片付けられてはたまらない。


こんな話を聞いた。
ある職場の若い人たちが「めんどくさい貯金箱」なるものを作った。
日常的につい「めんどくさい」という言葉を遣ってしまうことを意識的に無くそうという取り組みだと言う。
「めんどくさい」と言ってしまったらペナルティとしていくらかを貯金箱に入れるルールだそうだ。
そこにはお互いを思いやる気持ちや、気持ちよく働ける職場の環境づくりに繋がる前向きさがうかがえる。
いつかきっと素晴らしい職場になるに違いない。


それにしても、命を扱う医療者が患者の治療に際して「めんどくさい」と言うのはいかがなものか。



                                     近所の春


医師の一言は、薬にもなるし凶器にもなりえる。
その一言で、立ち上がることもできれば、傷つくこともある。



患者はその言葉を一生忘れない。     (・e・)


手紙
 


お父さん お母さんへ


この手紙を読んでいる頃には、多分、すでに東京にいると思います。
まずは、18年間育ててくれてありがとう。
産んでくれてありがとう。
たくさんの目に見える愛情、目に見えない愛情をありがとう。
今日まで、当たり前だと思っていたことが、今、実はとてもかけがえのないことで・・・

中略

・・・病気になってから、良くも悪くも、お母さんは変わったと思います。
新しい色々なことに挑戦する姿、目に焼きついています。
それから、お母さんの病気について何も調べていません。
どれくらい悪いのかもわかりません。
あとどれくらい生きられるのかも知りません。
調べても仕方ないから・・お母さんはお母さんだから。
いつまでたっても、どうなっても、どんな時でも、お母さんだから。
・・・


実は、先週引越しをした後、一旦帰郷していた息子。
本当の意味で、今日、巣立って行った。
夫と二人で最寄り駅まで彼を送り、自宅に戻ると私たちの寝室に破いたノートに書かれた手紙を見つけた。

感謝の気持ちと今後の決意をしたためた手紙だった。
途中、何度も涙でかすんで文字が読めなくて困った。
合格発表があってからの彼を見ていて、自分は子育てを間違ってしまったのではないだろうか・・と今日まで悩んでいた。
この手紙は子育てが間違っていなかったことを証明してくれたような気がする。
母親である私が、この手紙に救われている。

手紙の終わりには「自分は二人の息子であることに誇りをもっていて、そんな二人が誇れるような人間になりたいです」と結ばれていた。



君こそ、どこにいても永遠にお母さんの息子だから。 
手紙をありがとう。          (・e・)


引越し
 



明日は子供たちの引越し・・


都内へ・・



息子は自宅から、娘は都内の住まいから。

不安なことばかりだけれど・・顔晴る!
最後だから・・顔晴る!!


   
                             散歩道で見かけた土筆・ナズナ・たんぽぽ


夜明け前に出発するつもり・・      (・e・)