2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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父の再発
 


父の胃がんが再発した。


眼科のOPの日に入院したと連絡があった。



父は81歳。
昨年6月、胃がんが見つかり手術をした。
かなり進行した状態だったけれど、リンパ節転移もなかったため、術後は無治療で経過観察をしていた。
術後6ヶ月の検査では異常はなかったという。
術後1年の検査はどうだったのかは聞いていない。
というより、術後1年の検査をしたのかどうかも確認していない。

最近、食事ができない日が続き、検査をして再発が発覚した。
すい臓とリンパ節に転移しているとDrの説明があった。
転移した腫瘍が胆管を圧迫しているため胆汁がうまく流れないのだそうだ。
この胆汁を人工的に体外に出す処置が必要ということで、PTCD (経皮経肝胆管ドレナージ)という処置をしていただいた。

病院のベッドに横たわるやせ細った父を見舞うのも辛い。
耳も遠く目もよく見えず、会話という会話もできない。
今の父は、何のために治療して、何のために生きるのか、たぶんもう自分でも判断ができないのだと思う。
もろもろの延命治療がはたして父の幸せに繋がるのかどうか、私にもわからない。
そうかといって積極的治療をしないという選択も父を見殺しにするような気持ちになる。
実家を出て嫁いでいる私が口を挟むようなことではないのだけれど・・・







がん患者でありながら、がん患者の家族でもあり、考えさせられる。   (・e・)




小さな誇り
 


術後1年5ヶ月あまりで再発した時、セカンドオピニオンをとった。


「まだ、時間はあります。誇りを持って生きて下さい」



その時、誠実そうなDrが最後におっしゃった。
「誇り」という言葉の意味が理解できず、今日までずっと考えてきた。
がんになってしまい、その上、再発までしてしまった私が、何を誇りに生きていけばいいのか・・
失うものばかりで・・自慢に思うことなど一つもなかった。

でも、今、私は小さな誇りを持って生きている。

「同じ荷物を背負う同志して同じように歩いています。どうか、1人ぼっちにならないで・・」
「いつもいつも想ってます」
「 皆、同じような気持ちをかかえているよ」
「ひよこさんのこのサイトからいっぱいいっぱい優しい気持ちもらってるんですよ。辛いことも明るいこともたくさんあるけど、がんになって怖くてしんどいけど、ひよこさんのページをひらくときは同じように頑張ってる人たちに触れられて元気がでます。ありがとう。」
「私も皆さんと一緒でここにきたら、みんな頑張ってるから私も負けないぞと思わせてくれる場であります」・・・


誇れるような経歴は何一つ無いけれど、一緒に病を生きる仲間がいる。
顔も名前も知らないけれど、優しく温かい仲間がいる。
繋がっている仲間の一人ひとり、応援して下さるポイントの一つ一つ、寄せてくださるコメントの一つ一つ、全て誇りに思う。
あの時のDrの言葉が、少し理解できるようになった。

今、私は小さな誇りを持って生きている。





雨上がりの今朝、珍しく庭の草引きをした。
一日中降り続いた昨日の雨で、程よく湿った土は、草を引くのに丁度良い。
一時間ほど草引きをした後、心地よい疲労感と少しばかりの達成感を熱いシャワーで流した。
最近、眠れない夜が続いている。



今夜は、ぐっすり眠れるといいな。         (・e・)


素直に生きる
 


落ち込んでも、事態は何も好転しない。


わかっていても、落ち込む。






がんと付き合い始めた頃は、“落ち込んではダメだ”と気持ちを奮い立たせ、逆にますます落ち込んだ。
そんな時は何をやっても上手くいかず、悪循環に陥った。
と言うより何をすることもできず、負の坩堝にはまり、そこからは簡単には抜け出せない。
苦しい時間を過ごし、ようやく這い上がり、死を意識しながらギリギリの気持ちを生きるようになってから、学んだ。

“落ち込んでもいいんだ”

季節が変わるように、川の流れが止まないように、同じ空はありえないように、生きているんだから気持ちだって日々揺れ動く。
ましてや、闘病という重たい荷物を背負いながらの身では、なおさらの事だと思う。
落ち込んだら、休んで、また前を向いて立ち上がればいい。
最近、ちょっと疲れて・・落ち込んで・・学んだことは、目の前にある今の幸せを見つめて、遠くの幸せは探さないこと。



自分の気持ちに素直に生きていきたい。         (・e・)



PS. 遅くなりましたが、6月26日(日)あけぼのハウスにご参加され、私の拙い                
    体験談を聴いてくださったみなさん。
    大切なお時間をありがとうございました。
静かな笑顔
 


先月末の腰痛以来、気持ちが塞いでいた。


一旦は治ったかな・・と思われた腰の痛みは、その後も一進一退を繰り返し、骨転移増悪の不安が拭いきれずにいた。
順調なはずの治療にも自信がなくなり、毎日何も手につかない日が続いていた。

朝、起きた瞬間から憂鬱になり、たっぷりある自分の時間も、ただ無駄に過ごし、眠れない夜を迎える・・そんな毎日だった。

楽しみにしていた造影CT結果も縮小という評価はなく、マーカーばかりが上がり、タキソテールの休薬という選択肢はあるはずもなく、もしかしたら、もうタキソテールも使えないのかもしれない・・と思ったら、ちょっとパニックだった。
昨日は腰痛がいつもに増して酷く、原因不明の下痢にも悩まされ、不安な気持ちにさらに追い討ちがかかった。

4年前のような、あの苦しい時間をまた生きるのか。
あの暗くて長い・・出口のないトンネルを彷徨うのは、もう嫌だ。
限りある命だからこそ大切に生きなくては、と思う。

今朝、娘からメールがあった。
“お誕生日 おめでとう 暑いから体に気をつけてね”
息子からもメールが入る。
ブログを介して出会ったお友達も、おめでとうの言葉を届けてくれる。
元職場の同僚からはメッセージカードとCDが届いた。
♪名前も知らない人とどこかでつながっている・・さあ、その顔を上げて未来へと歩いて行くんだ そう手と手をつなげば 新しい扉が開くよ♪







今日を機会に、
うつむいていた顔を上げて、静かな笑顔で、今を生きたい。 (・e・)



8番目の虹の色
 


今日もワクチンの注射のため病院へ行ってきた。



                                散歩道の河津桜

病院へ向かう車の中で、いつも何気なく耳に入ってくるラジオからの音。
今日はその音にちょっと胸が“キュン”とした。
「8番目の虹の色」
えっ?ハチバンメ・・・?
続けて耳を澄まして聞き入ると
「『8番目の虹の色』を探すことが人生・・」
なんて言っている人がいる。

心に響いた。
素敵なフレーズだと思った。

昨日の夫との会話をふと思い出した。
子供たちが巣立ってしまった後、日々何を生きがいに生きていくのか・・・。
夫には仕事がある。
私には生きがいと言えるものがあるだろうか・・・。
病気一色の人生では淋しすぎる。

漠然と物足りなさを感じていた最近の自分の心に「8番目の虹の色」は見事に吸い込まれた。

私も今日から「8番目の虹の色」を探すつもりで生きてみようと思う。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫・・・
真白かもしれないし、真黒かもしれない。
自分にしか見つけられない色。
ちょっとロマンチックでワクワクする。






そんなことを考えながら病院へ向かった。   (・e・)


「命」より「生きる」
 



肝転移から4年



4年経ってようやくこの病気と共存していく覚悟ができた。




肝臓に転移が見つかってから
「あと・・どれだけ生きられるのか・・」
そんな事を毎日毎日思っては涙して、半年後、一年後の自分の生存をイメージできないネガティブな日々だった。
子どもたちの成長が見られないことが残念でたまらなく、世間の母親は誰もが元気にイキイキと働いていているのに、命の危険にさらされている自分は生きる価値があるのか・・生きる気力を失った当時はとても苦しかった。

化学療法が奏功して病状は少し快方に向かっていたものの、心が病んでしまった。
・・極度の鬱
苦しく辛い毎日だった。
脱毛した表情のない面持ちで、まともな会話すらできない母親を思春期の子どもたちはどんな思いでみつめていたのだろう。
『こんな毎日を過ごすために抗がん剤治療をしたんじゃない』自責の念に駆られる日々。
化学療法は間違いなくQOLを低下させた。

4年経った今も化学療法は続いている。
病状もあきらかに進行している。
でも今日、生きている。
きっと、明日も生きている。
化学療法は間違いなく延命につながっている。
明日に繋がる今日を生きられることに感謝できる今。

人生は長さではなく質が大切と病気が教えてくれた。
未来をくよくよ憂うことに何の意味もないことも学んだ。
病気になったからこそ経験できることもある。
肝臓に・・骨に・・どこに転移があっても人生は楽しめる。
 


                                     ベランダに降りた霜


大切なことは「命」よりも「生きる」こと。         (・e・)


にわかウォーキング
 


今日も冷たい風が吹く。



先日降った雪が庭の片隅にまだ残っている。




最近、思いつきのにわかウォーキングと名づけて意気込んでいる。
時間にしたらほんの15分から20分ほど。
買い物へ行ったついでにスーパーの周りを迷子にならないように歩いている。
近所は知り合いに出くわすと気まずいのであまり歩きたくない。
初めて歩く散歩道は細かったり曲がりくねったりしていてとても新鮮。
カメラを肩から下げて、やや早足で歩く。


 


暖房のきいた部屋に居ても寒く感じる身体も、歩き始めて10分もするとぽかぽかと身体の内側から暖かくなる。
戻って買い物する頃には少し汗ばむくらい身体が温かい。
寒い・・寒い・・と家にこもっているよりも、少しでも身体を動かしエネルギーを燃やさなきゃ・・。
歩くことに集中している時間は楽しい。
せめて副作用が落ち着いている週くらい、意識して歩いてみようと思う。
歩いている時間は、より「生」を実感できる時間でもある。

『全身転移の末期がん患者だって・・けっこう歩けるじゃん』




新鮮な食材もゲットできて一石二鳥☆          (・e・)



ブルーアワー
 



あと5分・・もう5分・・ラジオ体操が聞こえる午前6時30分



タイムリミット。 あきらめてカーテンを開けると “ブルーアワー”











あまりの美しさにすぐさまカメラを持ってベランダへ出た。
刻々と空がオレンジ色に染まってゆく。
ちょっと感動!
初日の出でも特別な日の日の出でもない・・平凡な一日の始まりの朝。
夢中でシャッターを切っているうちに寒さに我に返ったらパジャマ姿のままだった。


お正月気分も抜け通常モードに戻り、副作用からもようやく抜け出せそうな昨日今日。
気象庁からは連日低温注意報が出されるほど平年に比べ冷え込みが厳しい。
毎朝、勇気を出して幸せの温もりに満ちた布団からノロノロと起き上がり急いで衣類を重ね着してキッチンへ降りる。


お粗末な朝食をぱぱっと済ませ、息子のお弁当を作り、洗濯の終わりを告げる電子音を確認して浴槽を洗い、再びベランダへ出る。
朝の眩しい光を全身に浴びながらヒーリングミュージックをBGMに洗濯物を一枚ずつ干して行く。
至福感につつまれる時間。
凍てつくように指先が冷たく、かじかんだ両手の指先に息を吹きかける。
白くて温かい・・息。
自分の生命を感じる息。
干し終えた洗濯物も朝の光を浴びて静かに揺れる。
風に揺られる洗濯物を眺めてまた幸福に浸る。


今朝、また息子が起きてこない。
体調が悪いとか・・ぐずぐず言っているから彼の代わりに愛犬の散歩へ行った。
大地を踏みしめる足下の枯れ草に輝く霜。
道端にある畑のほうれん草の葉を覆うシャーベットのような霜。
すべてが太陽の光を浴びてキラキラと光っている。
近所のいつもの何気ない光景も特別な景色に見えてくる。
寒いからほんの300メートルくらいの往復だったけれど、帰る頃には身体がポカポカして気分爽快な自分に驚いた。
こんな贅沢な時間を毎日過ごしている息子が少し羨ましくなる。
彼がいなくなったら・・私が散歩に連れて行こうかな?


朝の日の光を浴びるとセロトニンが活性化されると言う。
脳内物質セロトニンは至福感をUPするハピネスホルモンとも言われている。




早起き生活に変えてみるのもいいかも。        (・e・)




運命を変える
 

少し前のニュースで心に響いた言葉があった。


「運命を・・人生を変える決心をした」


チリ鉱山落盤事故で救出された作業員のうちの一人が、NYマラソンに参加してフルマラソンを完走したというニュースを聞いた。
彼は事故をきっかけに自分の人生を変えようと地下の暗闇の中で毎日10kmを走り続けていたという。
暗闇の地下での生活はきっと想像を絶するほど過酷で常に「死」を覚悟していたに違いない。
そんな環境の中でも人生を変えようと行動する彼は、ポジティブで精神的にも肉体的にもとても強い人だと思う。
自分だったら・・そうできただろうか?

臨死体験は運命を変える。

奇跡はこんな非日常から起こる。
余命を生きるひよこも毎日「死」を意識している。
でも彼のような覚悟を持った人生を生きていない。
どこか・・ぬくぬくと甘えてる。



運命を変えられるのは自分しかいない。     (・e・)




心で生きる
 


今週の火曜日に採血した検査結果が出た。


CA15−3   60.4





TC治療を始める前は200を超えていたマーカー値。
1クール終えた後、少しは勢いが衰えた風だったけれど・・それでもまだ微増していたCA15−3。
4クール後のマーカー値は半減という・・期待以上の結果だった。
それまで1年以上も上がり続けていたマーカー値、ナベルビンでもジェムザールでも下がらなかったマーカー値がようやく下がった。
そのときは微かな手応えを感じていた。
そしてTC5クールを終えて、さらに半減したマーカーCA15−3。
TC治療が奏功していると確信した。

タキソテールとエンドキサンの併用療法は副作用がなかなかキツイと思う。
エンドレスな闘病生活を過ごす日々で体が辛いことは生活の質を下げる。
“がん”と共存するというモチベーションも下がる。
あまりにも副作用が辛いと治療から逃げたくなる。
TC治療も『もう・・止めたい』と何度も思った。
でも喉もと過ぎれば・・・じゃないけれど、新しいクールに入る頃には体調も安定してきて『もう1クールだけ・・がんばろう』と思えるまで心と体が回復してくる。

そんな風に葛藤しながら続けてきたTC治療。
今日のようなマーカー結果として効果が確認できると本当に嬉しい。
辛い治療の励みになる。
またがんばれる。

副作用で髪が抜けることは哀しいけれど、現実にマーカー値がどんどん下がって・・肝臓の画像も縮小してくれるのなら、髪なんてどうでもいいと思える。
命と向き合うのに髪があるか無いかなんてたいした問題ではないと思えるようになった。
少しはがん患者として成長した?ということかな・・!?



先日雑誌をめくっていたら目に留まった言葉があった。

◆「大切なのは心で生きることです」
  心に形はありません。
  固く閉ざすのも無限に広げていくのも心の持ち方です。
  どんな人にも役割があります。人生はそれを知る旅です。
  働く喜びを見つけ今を大切に生きていけば死は怖くありません◆




 

髪が無くても・・体が浮腫んでも・・手足が痺れても・・

今を生きる心がある。    (・e・)