2005年右乳房全摘、局所再発・多発肝転移・多発骨転移・胸膜播種転移治療日記。

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ブルーな気持ち
 


昨日は久しぶりに出かけた。


同時期に乳がんに罹り温存手術したお友達に誘われ、一緒に食事をした。





一年ぶりくらいの再会だっただろうか。
彼女は術後のホルモン療法も終わり、再発もなく、今は無治療だと言う。
元気そうに話をする彼女はとてもイキイキとしていた。





臨時採用で働いているという職場の話や自分の家族の話など、彼女からの話題は尽きない。
私はというと、昨日は朝から首の痛みも加わり、腰痛やら首の痛みやらで、会話に集中できなかった。
ただ、職場というものを持たない自分には、今の彼女はとても羨ましく、何よりも再発もなく無治療でいることが羨ましかった。


まだ・・自分の人生を愛することができない。





痛みや天気のせいで、この数日間、気持ちが沈んでいる。
先日の造影CT検査以来、戻りかけていた味覚がまた逆戻りしてしまい、せっかくの食事も美味しくなかった。


こんなに気持ちがブルーなのは、痛みやお天気のせいだけだろうか?  (・e・)



かけがえのない毎日
 


西よりの風がカラッとして心地よく、今日は素晴らしい五月晴れ。


抗がん剤の副作用と腰痛から、ようやく回復できそうな体には、もったいないほどのお天気。



原因のはっきりしない腰痛は、ほぼ回復したようだけれど、また別の部分が痛み、まだまだ不安が残る。
色々な痛みのあれこれは、抗がん剤の副作用と紙一重で、自分の体なのに良くわからない。
もう少し経過観察をすることで、はっきりしてくるのかもしれない。
来週はCT検査がある。
きっと、想像ではない現実の情報が、納得させてくれるはず。


ドセタキセルの味覚障害はなかなかしつこく、ただ美味しく食べたい、というささやかな楽しみも奪う。
吐き気が治まってくるとその反動で食欲が一気に出てくるというのに、皮肉なものだ。

昨日、夫の提案で二人バーベキューにチャレンジしてみた。
屋外・炭火・・という条件が、味覚を刺激して、少しは美味しく食べられるかもしれない、と思った。
バーベキューといっても、立派なセットがあるわけでもなく、七輪に炭を熾して金網をのせて・・というお粗末な代物。
それでもやはり風を感じながら食事をすると、美味しい。
思っていたほど食べられなかったことが残念だけれど、こんな風にのんびり食事をする時間に癒されたことに満足だった。





「ご飯が食べられるでしょ?」(だから、大丈夫)
過去に言われた3人目の主治医の言葉が思い出された。
夫に言わせると「今となっては名言だな」と笑う。
エンドレスな治療を続けていると、本当にそうだな・・と思う。
食事ができ、ぐっすり眠ることができ、適当に家事ができ、時々好きな時間を過ごすことができる、当たり前のような日常が実はとてもかけがえのない毎日なのだと、つくづく想う。


               最後のおこげご飯が一番美味しかったかも




ご飯が食べられる今を楽しみたい。     (・e・)



想いの力
 


  たぶん遅れて届くけど母の日のプレゼントです。
  いつもありがとう。
  東京では毎日元気にやってます。
  お母さんも体に気をつけて元気でいて下さい。
  夏休みには帰省します。 
  またね!! 






今日、メッセージカードと一緒に小さな包みが届いた。
東京で暮らす娘からだった。
久しぶりに見る娘の懐かしい文字に目頭が熱くなる。
と同時に、いつまでも・・いつまでも・・生身の母であり続けたいと強く思った。
わずか数行の行間からは母を想う娘の気持ちが痛いほど伝わってくる。


先日、夫が言った。
「僕は娘や息子のことを想わない日はない。おまえのことも想わない日はない。入院している母親のことも想わない日はない。でも、君のお父さんのことを想わない日はある。想う、想わないの違いは何だろうか。」

「それは血縁じゃないのかな・・でも、夫婦は他人だよね。じゃぁ、その人と過ごした時間かな?」

その時は答えが出せなかったけど、今、わかった。
想う、想わないの違いは「愛」。
無償の愛、見返りを求めない愛の深さの違いだと思う。

私も夫や子供たちのことを想わない日はない。
彼らの幸せが私の幸せでもあり、彼らが傷つくのは自分が傷つくよりも哀しい。
遠く離れていても、想い想われ続けることは心を強くする。
その想いが不可能を可能にしてしまうようなミラクルを引き起こすかもしれない。



愛する人を想い続けたい。   (・e・)


 
春の終わりと夏の始まり
 


今日は立夏。


春の終わりと夏の始まり・・



病院の駐車場に車を停めて、正面玄関まで歩く途中、甘い風の匂いに鼻をくすぐられ、風の吹いてくる先に目をやると、植え込みの躑躅が満開だった。
桜が散り、ハナミズキが散り、自らの出番を待っていたかのように咲き誇る躑躅。
幼い頃、躑躅の花をつまんではそのじょうご形の花の根元を口へ運び、甘い甘い蜜を吸った記憶がふと思い出された。
レンゲ畑で寝転んで遊んだ・・遠い日の思い出。

GWも終わり、だらだらと過ごしてしまた数日間を、今、少し反省している。
あんな事も、こんな事もしたかった、と思えば思うほど、何もできなかった自分が情けなくなってくる。
投薬前の体調はまあまあで、何をするにも無理をしなければ全然問題はないのだけれど・・
お天気のせいかな?
どんよりとして暖かく、花曇の毎日。
心の中もどんよりと、何かに覆われている気分。
すっきり晴れた空を見上げたら、少しはがんばれそうな気がするのに。



                          通院途中の木香薔薇




五月晴れが待ち遠しい。         (・e・)



4月1日
 


今日から年度が改まる。


誰もが気持ちを切り替え前を向く日でもある。





我が家も世間と同様、夫も子供たちもそれぞれが新年度に向かって歩き出している。
決まった居場所のない私は、年度替りにさほど関心も無く今日を迎えた。
「よし・・今日からまた頑張るか!」
自らに気合を入れ出勤する夫や、大学へ初登校の息子からのメールに自分を振り返った。

今日は病院へ行きワクチン注射をしてきた。
抗がん剤治療から4日目、副作用からようやく抜け出せそうな今日。
病院までの道のり、こんもりした菜の花や満開の雪柳やレンギョウの花をいたるところで目にしては癒される自分を感じた。
車の窓を全開にして春の空気を吸ってみる。
3日間布団から出られなかった身体がだんだん元気になってくる。

そして11クール目もがんばったご褒美に一人ランチをして帰った。
身体の求めるままに胃袋を満たすことのできる幸せ。
吐き気も治まり食欲が出てくると、一度にあれもこれも食べたくなる。
こんな食欲にも「生きている」ことを実感する。

4月になって・・やっぱり私には「生きる」ことが目標だと思った。
前を向いて生きる。
それは3月でも4月でも・・変わることのない永遠のテーマで・・





                            
山野をうるおしながら、暖かかったり寒かったりと微妙な季節でもある4月。
「生きる」ことを精一杯楽しみたい。      (・e・)




笑顔と瞳の色
 


子供たちの引越しも無事終えることができた。



覚悟はしていたつもりだけれど、子供の姿が見えない子供の声が聞こえない我が家は、ガランとして寂しい。
二人の子供たちが幼い頃、飼いたくて飼いたくて・・ねだられて飼うことになった愛犬の鳴き声だけが静かな我が家に響き渡る。
毎日散歩に連れて行ってくれた彼らがもう帰らないことを、愛犬は悟っているだろうか。


引越し作業の途中で子供たちのツーショットの写真を撮った。
夫の提案だった。


自宅へ戻り写真を確認すると、とても良い笑顔の二人だった。
さっそくデスクトップの背景に設定した。
息子はやや疲れ気味で不安げな表情の笑顔。
娘は幸せそうなとびきりの笑顔。
こんな表情の彼女を見たのは初めてかもしれない。
レンズを見つめるまっすぐな瞳は深く濃い色をしている。
東京で過ごした1年の歳月が彼女をこれほど幸福感いっぱいに成長させたのかと思うと、彼女を手放したことは間違いではなかったと悔しくも納得できる。
大都会で一人・・孤独や不安や寂しさに負けそうになることが幾度もあっただろう。
その度にきっと多くの人に支えられながらがんばって生きてきたのだろう。
支えて下さっている多くの人に感謝の気持ちでいっぱいだ。
でもこれからは一人じゃない。
姉弟で支え合って、一日一日を大切に生き抜いてほしい。

突然の大震災で多くの人の命が奪われてしまう現実。
今生きていることが奇跡であり
二人の子供たちの笑顔が永遠に守られますように・・と願わずにはいられない。



                           ほころび始めた近所のソメイヨシノ



子供たちの笑顔はひよこの幸せのバロメーター☆    (・e・)



支え合う
 


◆支え合う◆

支・・・ささえること・たすけること・分けること・割り当てること


日本中から、世界中から、支援の輪が広がっている東北関東大震災。
私たちは一人じゃないとつくづく思う。
支え合う心がある。支え合う仲間がいる。
それは強くて優しい。
家族で、地域で、国境を越えて支え合えば、きっと立ち上がれる。

あきらめず・・希望をもって・・「今」を乗り越える。
ひよこの闘病のスタンスでもある。
厳しい状況でも、支え合って、その時その時のベストを尽くせば、きっと乗り越えられる。
乗り越えた先には、きっと良い日がある。
遠く離れていてもできることはある。
ひよこもブログを通していつも皆さんに支えられている。
今は、闘病という辛い気持ちをちょっとだけ横に置いて、訪れて下さる方たちと皆で、応援したい。


温かさの連鎖が復興を下支えする。


病気のある人も、そうでない人も・・
男も女も・・
老いも若きも・・


がんばろう!ニッポン!!    (・e・)



サクラ散る
 


息子の第一志望の大学から、「合格」の知らせは来なかった。







その大学の合格発表の日、夕飯の時刻になっても彼は何も言わなかった。
そして私たちもまた、何も聞かなかった。

親としては心の片隅に『もしかしたら・・・』なんて甘い期待を持ち、ワクワクさせてもらった数日間だった。
発表のあった翌日、夫が息子に確認した。

「どうだった?」
「あかんかったわ!」

落ち込む風でもなく、あっけらかんと答えたという。
残念といえば残念であるけれど、彼に悔いは無い様子に少し安心した。
「納得できなければ浪人という選択もありだから・・」という私の言葉も、彼の心を動かすほど響くこともなかった。
気持ちを切り替え、新しい生活に意欲的な彼を見ていると、親として嬉しいのか淋しいのかわからなくなる。
「第一志望の大学に受からなくて、ウジウジしているよりいいぞ」
と夫の言葉に少し慰められる。


“桜梅桃李” 桜には桜の梅には梅の桃には桃の李には李の魅力がある。



桜は咲かなかったけれど、彼なりの花を咲かせてくれると信じている。 (・e・)




疲労困憊
 


今年3度目の上京となった週末。


金曜日、試験を終えた息子と帰宅したのは夜10時過ぎ。
翌日の土曜日、朝6時には東京へ行くため高速道路に向かう車の中だった。


こんなに過密なスケジュールになってしまった理由は“部屋探し”だった。
娘と息子が都内でルームシェアをすることになった。
息子の受験結果は全て出ていないけれど、センター利用でかろうじて引っかかった都内の大学入学は確定している。
最後に受験した大学の合否結果を待つことなく、一刻も早く部屋を決めたいと言う彼らの気持ちに押され、急遽夫と二人で不動産屋を訪れた。

慣れない土地での部屋探しは想像以上に疲労困憊し、なんとか話がまとまった後、4月からの新しい生活に意気揚々としている子供たちとは対照的に、夫と二人ぐったりだった。
不動産屋からの帰り道を歩いていると、幼い兄弟を連れた親子とすれ違った。
「あの人たちは今から子供をしとねる(育てる)んだよな〜。大変だな。もう俺らはとてもそんなエネルギーはないよな・・・」
とつぶやく夫の言葉に、自分たちの老いと子育てが終わる淋しさのようなものを感じた。

次なる課題は引越し。

治療を調整しながら、体調を整えながら、子育ての最後を楽しみたい。







今日は通院。
先週の血液検査結果を聞きに行く。
TCからドセ単剤治療にして2クールが終わった。
マーカーはどう動くだろうか・・・   
明日は息子の卒業式と10クール目の化学療法予定。



春の訪れを感じる余裕もない。     (・e・)


大学受験 2
 


お昼少し過ぎに都内へ到着した。


東京の今日の空は、厚い雲に覆われて、昼間なのに夕方のように薄暗い。





「別行動でもいい?」
と言う息子は一人でホテルを出て行った。
思うような結果が出ていない大学受験。
彼の心の中は今日の空のように暗雲が立ち込めているのだろうか?
こればかりは代わってあげることもできず、自分自身で乗り越えるしかない。

難関と言われる大学の壁は厚く高い。
たとえ受験に失敗して傷ついても、挑戦することは彼の今後の人生の糧になるに違いない。
身の丈に見合った居場所は必ずある。

最後まであきらめずに、今持てる力を十分発揮してチャレンジして欲しい。


大どんでん返しが起こるかもしれない!?    (・e ・)